『これも仁和寺の法師』原文・現代語訳と解説
このテキストでは、
徒然草の一節「
これも仁和寺の法師」の原文、現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
※なぜ「これ
も仁和寺の法師」というタイトルかというと、ひとつ前の段に「
仁和寺にある法師」というタイトルの文章があるからです。仁和寺シリーズといったところでしょうか。
徒然草とは
徒然草は
兼好法師によって書かれたとされる随筆です。
清少納言の『
枕草子』、
鴨長明の『
方丈記』と並んで「
古典日本三大随筆」と言われています。
原文
これも仁和寺の法師、童の法師にならむとする
(※1)名残とて、おのおの
遊ぶこと
ありけるに、酔ひて
興に入るあまり、傍らなる
(※2)足鼎を取りて、頭に
かづきたれば、
つまるやうにするを、鼻を
押し平めて、顔をさし入れて
舞ひ出でたるに、
満座興に入ること
限りなし。
しばしかなでてのち、抜かむとするに、
(※3)おほかた抜かれず。酒宴
ことさめて、
いかがはせむと
惑ひけり。
とかくすれば、首のまはり
欠けて、血垂り、
ただ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、
打ち割らむとすれど、
たやすく割れず。響きて
堪へがたかりければ、
かなはで、
すべきやうなくて、三つ足なる角の上に帷子を
うちかけて、手を引き杖をつかせて、京なる医師の
(※4)がり、
率て行きける
道すがら、人の
あやしみ見ること限りなし。
医師のもとに
さし入りて、
向かひゐたりけむありさま、
さこそ異様なりけめ。ものを言ふも、
くぐもり声に響きて
聞こえず。
と言へば、また仁和寺へ帰りて、
親しき者、
老いたる母など、枕上に
寄りゐて泣き悲しめども、
聞くらむとも
おぼえず。かかるほどに、ある者の言ふやう、
「たとひ耳鼻こそ
切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらむ。ただ力を立てて引きたまへ。」
とて、藁のしべをまはりにさし入れて、かねを
隔てて、首も
ちぎるばかり引きたるに、耳鼻
欠けうげながら抜けにけり。
からき命
まうけて、
久しく病みゐたりけり。
現代語訳
これも仁和寺の法師(の話)、子どもが法師になろうとする別れということで、それぞれが音楽や詩歌、舞などを楽しんだたことがあったのだが、酔って面白がるあまり、側にある足鼎をとって、頭にかぶったところ、つかえるように感じたのに、鼻を押して平らにして、顔を(足鼎の中に)差し入れて舞い出たところ、その場にいる者全員が面白がることこの上ない。
しばらく舞を舞ったのちに、(頭にかぶっていた足鼎を)抜こうとすると、まったく抜くことができない。宴も興ざめして、どうしたらよいだろうかとうろたえました。(抜こうと)あれこれとすると、首の周りは傷ついて、血が垂れ、ひたすら腫れに腫れ、息も詰まってきたので、(足鼎を)たたき割ろうとするのだが、簡単には割れない。(足鼎をたたいたときの音が頭に)響いて我慢できなかったので、(打ち割ることが)できず、手の施しようがないので、(足鼎の)3つの足の上に帷子をかけて、手を引き杖をつかせて、都の医者のもとに、連れて行った道中ずっと、人が不思議に見ることこの上ない。
医者の所(家の中)に入って、(医者に)向かって座っていたであろう有様は、さぞかし風変わりであっただろう。ものを言うにも、(足鼎の)内にこもってはっきりしない声に響くので(周りの人には)聞こえない。
「このようなことは書物にも見られないし、受け継いでいる教えもない。」
と(医者が)言うので、(法師たちは)また仁和寺に帰って、近親の者、老いた母親らが、枕元に集まり座って泣き悲しむものの、(本人は)聞いているだろうとも思えない。こうしているうちにある者が言うことには、
「例え耳や鼻が切れてなくなるとしても、命だけはどうして助からないことがあろうか、いや助かるだろう。ひたすら力を精一杯(入れて)引っぱりなさい。」
わらの芯を(首)周りにさし入れて、足鼎と(首と)の間を離して、首もちぎれてしまうぐらい引っ張ったところ、耳や鼻は欠けて穴が開いたものの(足鼎は頭から)抜けたのだった。危うい命を拾って、長い間患い続けていたのである。
品詞分解
※品詞分解:
徒然草『これも仁和寺の法師』品詞分解
単語・文法解説
(※1)名残 | 最後の別れ |
(※2)足鼎 | 写真を参照 |
(※3)おほかた~ず | まったく/一向に〜ない |
(※4)がり | 〜のもとに |
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著者情報:走るメロスはこんな人
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。