枕草子『にくきもの・前編』の原文・わかりやすい現代語訳と解説
このテキストでは、『
枕草子』から「
にくきもの」の一節(
にくきもの。急ぐことあるをりに来て~)の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。2回にわたってお送りしていますが、このテキストはその1回目です。
※つづき:
「ものうらやみし、身の上嘆き~」の現代語訳と解説
枕草子とは
枕草子は
清少納言によって書かれたとされる随筆です。
清少納言は平安時代中期の作家・歌人で、一条天皇の皇后であった中宮定子に仕えました。ちなみに
枕草子は、
兼好法師の『
徒然草』、
鴨長明の『
方丈記』と並んで「
古典日本三大随筆」と言われています。
原文
にくきもの。
急ぐことあるをりに来て、長言する
まらうと。
あなづりやすき人ならば、
「後に。」
とても、
やりつべけれど、
さすがに心はづかしき人、いとにくく、
むつかし。硯に髪の入りて、
すられたる。また、墨の中に、石のきしきしと
きしみ鳴りたる。
にはかにわづらふ人のあるに、
(※1)験者もとむるに、例ある所になくて、外に
尋ねありくほど、いと待ち遠に
久しきに、
からうじて待ちつけて、
よろこびながら加持せさするに、このころ物怪に
あづかりて
困じにける
(※2)にや、
居るままに
すなはち、ねぶり声なる、いとにくし。
なでふことなき人の、笑がちにて、ものいたう言ひたる。
火桶の火、炭櫃(すびつ)などに、手のうら
うち返しうち返し
おしのべなどして、あぶりをる者。
いつか若やかなる人など、さはしたりし。
老いばみたる者こそ、火桶のはたに足をさへ
もたげて、もの言ふままに
押しすりなどはす
(※3)らめ。さやうの者は、人のもとに来て、
居(※4)むとする所を、まづ扇してこなたかなた
あふぎちらして、塵はき捨て、居も
さだまらず
ひろめきて、狩衣の前巻き入れても居る
(※5)べし。かかることは、
いふかひなき者の際にやと思へど、
すこしよろしき者の、式部の大夫などいひしが、せしなり。
また、酒飲みて
あめき、口を
探り、鬚ある者はそれを
なで、盃、
異人に
取らするほどのけしき、
いみじうにくしと
見ゆ。また飲め、と言ふなるべし、身ぶるひをし、頭ふり、口わきをさへ
引き垂れて、童の、こう殿にまゐりて、など謡ふやうにする。それはしも、
まことによき人のしたまひしを見しかば、
心づきなしと思ふなり。
つづき:
「ものうらやみし、身の上嘆き~」
現代語訳
しゃくに障るもの。急用がある時にやって来て、長話をする客。容易に見下げることができる人ならば、
「後で。」
と言ってでも、帰してしまうことができそうだが、そうはいってもやはり(相手が立派で)気がひける人であれば、(さすがにそうもできず)ひどくしゃくに障り、不快だ。硯に髪が入ったまま、(墨が)すられたの(はしゃくに障る)。また、墨の中に、石が(交じって)きしきしときしんで音をたてなっているの(もしゃくに障る。)
急に病気で苦しむ人がいるので、(祈祷を行う)修験者を探すのだが、(修験者が)普段いる所にはいなく、別の所をあちこち探してまわるうちに、(早く見つからないかと)たいそう待ち遠しく時間がかかっていたところ、(修験者を)やっとのことで待ち受けて、喜びながら加持祈祷をさせると、最近もののけに関わって疲れてしまったのであろうか、座るやいなやすぐに、眠たげな声であるのは、しゃくに障る。
たいしたこともない人が、にやにやと笑って(※もしくは、得意気に)、おしゃべりをしまくっている(ことはしゃくに障る)。
火桶の火やいろりなどに、手のひらをしきりにひっくり返して、(手のしわを)押しのばしなどして、あぶっている者(はしゃくに障る)。いつ若々しい人などが、そんな(はしたない)ことをしたか、いや、していない。年寄りじみた者は、火桶の端に足までも持ち上げて、話をしながら(足を)こすったりなどしているのだろう。そのような者は、人が集まっているところにやってきて、座ろうとする所を、真っ先に扇であちらこちらやたらにあおいで、ほこりをはき捨てて、座った姿勢も落ち着きなく動き、(本来前にのばしておくはずの)狩衣の垂れを(膝の下に)巻き込んで座ったりもするだろう。のようなことは取るに足らない身分の者がするのであろうが、いくらかまあよい(身分の)者で、式部の大夫などと言うのが、やったのである。
また、酒を飲んでわめき、口(の辺り)を触れて確かめ、髭のある者はそれをなで、杯を、他人に与えるような様子は、とてもしゃくに障ると感じる。もっと飲め、ということであろうか、身震いをして、頭をふり、口の端までを(への字に)垂れ下げて、子どもが、こう殿にまゐりて、などと歌うようにする。それはこともあろうに、とても身分が高くていらっしゃる方がやられていたのを見たので、気に食わないと思うのだ。
つづき:
「ものうらやみし、身の上嘆き~」
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