平家物語『忠度の都落ち』
このテキストでは、
平家物語の一節『
忠度の都落ち』の「
三位これを開けて見て〜」から始まる部分のわかりやすい現代語訳(口語訳)とその解説を記しています。
※前回のテキスト:
平家物語『忠度の都落ち(薩摩守忠度は、いづくよりや帰られたりけん〜)』の現代語訳
※「
祇園精舎の鐘の声〜」で始まる一節で広く知られている
平家物語は、鎌倉時代に成立したとされる軍記物語です。平家の盛者必衰、武士の台頭などが描かれています。
原文(本文)
(※1)三位これを開けて見て、
と
のたまへば、薩摩守喜んで、
とて、馬にうち乗り甲の緒を締め、西を
(※7)さいてぞ
歩ませ給ふ。三位、後ろを
はるかに見送つて立たれたれば、忠度の声と
おぼしくて、
「(※8)前途ほど遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す。」
と、
高らかに口ずさみ給へば、俊成卿、
いとど名残惜しう
おぼえて、涙を
おさへてぞ入り給ふ。
そののち、世
(※9)静まつて千載集を
撰ぜられけるに、忠度のありしありさま
言ひおきし言の葉、
今さら思ひ出でて
あはれなりければ、かの巻物のうちに、
さりぬべき歌いくらもありけれども、
(※10)勅勘の人なれば、名字をば
あらはされず、「故郷の花」といふ題にて
詠まれたりける歌一首ぞ、「詠み人知らず」と入れられける。
さざなみや志賀の都はあれにしを昔ながらの山桜かな
※
歌の解説
その身、朝敵となりにし上は、
子細に
及ばずと言ひながら、
うらめしかりしことどもなり。
現代語訳(口語訳)
三位(俊成卿)はこれを開けて見て、
「このような忘れ形見を頂きましたからには、少しも(この巻物を)ぞんざいに(扱うことを)考えたりしていないつもりでございます。お疑いにならないでください。それにしてもただ今のご来訪は、風流な心もとても深く、しみじみとした思いも格別に感じられて、感涙をこらえることができません。」
とおっしゃると、薩摩守は喜んで、
「こうなった以上は、西海の波の底に沈むのならば沈んでしまえ、山野に(自分の)屍を放置するなら放置してしまえ(という気持ちでいます。)現世に思い残すことはございません。それでは別れを申し上げて(行きます)。」
といって、馬に乗り兜の緒をしめて、西を目指して(馬を)歩ませなさいます。三位(俊成卿)は、後ろ姿を遠くまで見送って立っていらっしゃると、忠度(のもの)と思われる声が
「行先は遠いですが、思いを雁山の夕べの雲に馳せています。」
と大声で口ずさまれたので、(三位)俊成卿は、ますます名残惜しく思われて、涙をこらえて(屋敷に)お入りになります。
そののちに、世(の動乱)が収まって千載集を編集なさったときに、忠度のいつぞやの様子や言い残した言葉を、今改めて思い出してしみじみと心打たれたので、(忠度から渡された)あの巻物の中に、(千載集にのせるに)ふさわしい歌はたくさんあったのですが、(忠度は)天皇に罰せられた人なので、名前を打ち明けなさることができず、「故郷の花」という題材でお詠みになられた歌一首を、「詠み人知らず(作者不明)」として(千載集に)お入れになりました。
志賀の都は荒れてしまいましたが、長等山の山桜だけは昔ながらに美しく咲いていることですよ
※
歌の解説
(忠度は)その身が、朝敵となってしまったからには、(歌が詠み人知らずとして千載集に採用されたことに対して)異論を唱えられないと言いながら、残念で悲しく思われたことです。
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