源氏物語「車争ひ」
このテキストでは、源氏物語に収録されている「車争ひ」(日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出でたまへり〜)の現代語訳・口語訳とその解説をしています。
※前回のテキスト:
「車争ひ」(大殿には、かやうの御歩きも〜)のわかりやすい現代語訳と解説
原文・本文
日たけゆきて、儀式も
わざとならぬさまにて
出でたまへり。
(※1)隙もなう
立ちわたりたるに、
よそほしう引き続きて
立ちわづらふ。
よき女房車
多くて、
(※2)雑々の人なき隙を
思ひ定めて、皆
さし退けさする中に、
(※3)網代の
すこしなれたるが、
(※4)下簾のさまなど
よしばめるに、
(※5)いたう引き入りて、
ほのかなる袖口、裳の裾、汗衫など、物の色、いと
清らにて、
ことさらにやつれたるけはひ
しるく見ゆる車、二つあり。
「これは、
さらに、さやうにさし退けなどすべき御車にもあらず。」
と、口強くて、手触れさせず。いづ方にも、若き者ども、酔ひ過ぎ、
立ち騒ぎたるほどのことは、
(※6)えしたためあへず。
おとなおとなしき御前の人びとは、
「かくな。」
など言へど、えとどめあへず。
現代語訳・口語訳
日が高くなって、(葵の上は外出の)作法もさりげない様子でお出かけになりました。(通りには)隙間もなく(牛車が)ずらりと立ち並んでいるので、(葵の上の一行は)厳かで盛大に列を引き連ね、車の停め場所がなくて困っています。高貴な身分の女性の牛車が多いので、身分の低い者どものいない所(を見つけそこに停める)とよく考えて決め、皆(周りの車)を立ち退かせる中に、網代車で少しよれよれになったもので、下簾の様子が由緒ありげなうえに、(乗りては牛車に)ずっと引きこもっており、わずかに見える袖口や裳の裾、汗衫など、物の色がたいそう気品があって美しく、故意に質素な服装をしている様子が際立って見える車が、2つあります。(車の付き人が)
「これは、決して、そのように立ち退かせなどしてもよいお車でもない。」
と、強い口調で、手を触れさせません。どちらの側でも、若者たちが、酔い過ぎて大騒ぎをしているときのことは、とても抑えきることができません。思慮分別のある(葵の上の)御前の人々は、
「このようなことはするな。」
と言いますが、とても制止することができません。
品詞分解
「車争ひ」(日たけゆきて、儀式もわざとならぬ〜)の品詞分解
単語
(※1)隙 | ここでは「隙間」と訳す |
(※2)雑々の人 | 身分の低い者 |
(※3)網代 | ここでは「側面や屋根を網代で張った網代車」の意味。網代とは、ヒノキやタケの板を編んだもの |
(※4)下簾 | 牛車の内側から外に垂らして中が見えないようにするための布 |
(※5)いたう | 形容詞「いたし」から派生したもの。「いたく」のウ音便「いたう」の形で用いられることもある |
(※6)えしたためあへず | 「え+動詞+打消」で「とても〜することができない」 |