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沙石集『いみじき成敗/正直の徳(唐土にいやしき夫婦あり~』わかりやすい現代語訳と文法解説
著作名: 走るメロス
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沙石集『いみじき成敗(正直の徳)』の原文・現代語訳と解説

このテキストでは、沙石集の一節「いみじき成敗」(唐土にいやしき夫婦あり~)の現代語訳・口語訳とその解説を行っています。書籍によっては「正直の徳」と題するものもあるようです。




沙石集とは

沙石集は、鎌倉時代中期に無住(むじゅう)によって書かれた仏教説話集です。


原文

(※1)唐土(もろこし)いやしき夫婦あり。餅を売りて世を渡り(※2)けり

夫、道のほとりにして餅を売りけるに、人の袋を落としたりけるを取りて見れば、銀の軟挺六つありけり。家に持ちて帰り(※3)ぬ。妻、心素直に欲なき者にて、







「我らは(※4)商う過ぐれば事も欠けず。この主いかばかり嘆き求む(※5)らむいとほしきことなり。主を尋ねて返し給へ。」


と言ひければ、

まことに。」


とて、あまねく触れけるに、主といふ者出で来て、これをてあまりにうれしくて、

「三つをば奉らむ。」


と言ひて、既に分かつべかりけるとき、思ひ返して、煩ひを出ださんために、

(※7)七つこそありしに、六つあるこそ不審なれ。一つをば隠されたるに(※6)や。」

と言ふ。







さることなし。もとより六つなり。」


論ずるほどに、果ては国の守のもとにして、これをことわらしむ。国の守、眼さかしくして、この主は不実の者、この男は正直の者とながら、なほ不審なりければ、彼の妻を召して、別の所にして、事の子細を尋ぬるに、夫が申し状に少しもたがはず。この妻は極めたる正直の者と見て、かの主不実のこと確かなりければ、国の守の判に言はく

「このこと確かの証拠なければ判じがたし。ただし、共に正直の者と見えたり。夫婦また言葉たがはず。主の言葉も正直に聞こゆれば、七つあらむ軟挺を尋ねて取るべし。これは六つあれば、別の人のにこそ。」







とて、六つながら夫婦に賜びけり。宋朝の人、いみじき成敗とぞ、あまねく褒めののしりける。

直ければ、おのづから天の与へて宝を得たり。心曲がれるは、冥とがめて財を失ふ。このことわり少しもたがふべからず。かへすがへすも心は清く素直なるべきものなり。





現代語訳

中国に身分の低い夫婦がいました。二人は餅を売って生計を立てていました。

(ある日)夫が道端で餅を売っていたときに、誰かが袋を落としていたのを取って見つけたのですが、(その袋の中には)銀の軟挺が六つ入っていました。(夫はこの袋を)家に持って帰りました。妻は、心がまっすぐで欲のない者であるので、

「私たちは商売で生活をしているので(必要な)物に不自由はありません。この持ち主はどれほど嘆いて(袋を)探しているでしょうか。気の毒なことです。持ち主を探し求めてお返しください。」


と言ったので、(夫は)

「もっともだ。」


と思って、余す所なく広く告げ知らせたところ、持ち主だという者が現れて、これを手に入れてあまりにも喜んで、





「(お礼に)三つ差し上げましょう。」


と言って、いよいよ(軟挺を)わけようとしたときに、(やはりあげるのが惜しくなったのか)思い直して、言いがかりをつけるために、

「(軟挺は)七つあったはずだが、(ここに)六つあるのは疑わしい。一つお隠しになられたのではないですか。」


と(持ち主の男は)言います。(夫は)

「そのようなことはありません。もともと六つですよ。」


と言い争ううちに、しまいには国守のもとで、これを判断させる(ことになりました)。



国守は、眼力が優れており、この持ち主は不誠実な者であり、この男(夫)は正直な者であると思いましたが、依然として疑わしかったので、彼の妻をお呼びになって、(男と夫のいない)別の場所で、事の詳細を尋ねたのですが、夫の供述とちっとも違いがありません。国守はこの妻をこの上なく正直な者であると思い、あの持ち主が不実なことが明確であったので、国守が判決として言うことには、

「このことは確かな証拠がないので判断し難い。しかし、(袋の持ち主と夫は)どちらとも正直な者と思える。夫婦(の供述)はやはり違いはない。持ち主の言うことも正しく聞こえるので、持ち主は、(自分が落としたという)七つあるという軟挺(が入った袋)を探して取るのがよい。これは(軟挺が)六つあるので、別の人のものであろう。」




と言って、六つすべてを夫婦にお与えになりました。宋の国の人たちは、すばらしい成敗だといって、広く大声をあげて褒めました。

心が正しければ、自然と天の与えた宝を手に入れます。心の邪悪な者は、神仏が責めて、財産を失います。この道理を決して違えるべきではありません。重ね重ね心は潔白で素直であるべきものです。


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