源氏物語『澪標・住吉参詣』の原文・現代語訳と解説
このテキストでは、
源氏物語「
澪標」(みおつくし)の章の一節『
住吉参詣』の「
かの明石の舟、この響きにおされて」から始まる部分のわかりやすい現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
※前回のテキスト:
「国の守参りて〜」の現代語訳・口語訳と解説
源氏物語とは
源氏物語は平安中期に成立した長編小説です。一条天皇中宮の藤原彰子に仕えた
紫式部が作者とするのが通説です。
原文
かの明石の舟、この響きにおされて、過ぎぬることも聞こゆれば、知らざりけるよと
あはれに思す。神の御しるべを思し出づるもおろかならねば、
「いささかなる消息をだにして心慰めばや。なかなかに思ふらむかし。」
と思す。御社立ち給ひて、所々に
逍遥を尽くし給ふ。難波の御祓へ、七瀬に
よそほしう仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、
「今はた同じ難波なる。」
と、御心にもあらで、うち
誦じ給へるを、御車のもと近き惟光
うけたまはりやしつらむ、さる召しもやと、例にならひて懐にまうけたる柄短き筆など、御車とどむる所にてたてまつれり。をかしと思して、畳紙に、
みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな
とて、給へれば、かしこの心知れる下人してやりけり。駒並めてうち過ぎ給ふにも、心のみ動くに、露ばかりなれど、いとあはれにかたじけなくおぼえて、うち泣きぬ。
数ならで難波のこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ
現代語訳(口語訳)
あの明石の君の舟が、この騒ぎに圧倒されて立ち去ったことも(惟光が)申し上げたので、(光源氏は)知らなかったよと気の毒にお思いになります。(二人の出会いは)神のお導きと思い出されるにつけても粗略には思われないので、
「ちょっとしたお手紙でも出して心を慰めてあげたい。かえって辛く思っているだろう。」
と(光源氏は)お思いになります。(住吉大社の)御社をご出発になって、あちこちで行楽をなさっています。難波の御祓や、七瀬などは立派にお勤めになります。堀江の辺りを御覧になって、
「今はまた同じ難波なる。」
と無意識に、お口ずさみになるのを、お車の近くにいた惟光はお聞きしたのでしょうか、そのような命令があるかもしれないと、いつもどおりに懐の中に入れていた柄の短い筆などを、お車が止まった所で(光源氏に)差し上げました。(光源氏は惟光の行動に)感心なさって、畳紙に(次のように書き記しました。)
身を尽くして(あなたを)恋する印でしょう。ここ難波でもめぐりあったのです。(私とあなたの)縁は深いですね。
と、(惟光に)お与えになると、(明石の君の)事情をしっている下人に届けさせるのでした。(光源氏が)馬を並べて通過していかれるにつけても、(明石の君は)心が揺れ動くばかりでしたので、ほんの少し(のお便り)だけでも、たいへんしみじみと有り難いと思われて、泣いてしまったのでした。
数に入らないほど取るにも足らない身分の低い私は(あなた様のことを)思っても甲斐がないのに、どうして身を尽くして思い始めてしまったのでしょうか。
品詞分解
「かの明石の舟〜」の品詞分解
単語・文法解説
あはれに | 形容動詞「あはれなり」の連用形。ここでは「気の毒に」の意味 |
逍遥 | 行楽、遊覧 |
よそほしう | 形容詞「よそほし」の連用形のウ音便。立派である |
誦じ | サ行変格活用「誦す」の連用形。口ずさむ |
うけたまはりやしつらむ | や(係助詞)+し(補助動詞・サ行変格活用・連用形)+つ(完了の助動詞・終止形)+らむ(原因推量の助動詞・連体形) |
関連テキスト
・源氏物語「
桐壷・光源氏の誕生」
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・源氏物語「
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・源氏物語「
澪標・住吉参詣」
・源氏物語「
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・源氏物語「
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・源氏物語「
御法・紫の上の死」