源氏物語『住吉参詣』
このテキストでは、源氏物語の中の『住吉参詣』の「国の守参りて、御まうけ〜」から始まる部分の現代語訳・口語訳とその解説を行っています。このお話は「澪標(みおつくし)」の巻に記されてされています。
原文
国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参り給ふよりは、ことに世になく
仕うまつりけむかし。いと
はしたなければ、
「立ちまじり、数ならぬ身のいささかのことせむに、神も見入れ数まへ給ふべきにもあらず。帰らむにも中空なり。今日は難波に舟さし止めて、祓へをだにせむ。」
とて、漕ぎ渡りぬ。
君は
ゆめにも知り給はず、 夜一夜いろいろのことをせさせ給ふ。まことに神の喜び給ふべきことをし尽くして、来し方の御願にもうち添へ、
ありがたきまで遊びののしり明かし給ふ。
惟光やうの人は、心のうちに神の御徳を
あはれにめでたしと思ふ。あからさまに立ち出で給へるに候ひて、聞こえ出でたり。
住吉のまつこそものはかなしけれ神代のことをかけて思へば
げに、と思し出でて、
「荒かりし波の迷ひに住吉の神をばかけて忘れやはする
験ありな。」
とのたまふも、いとめでたし。
つづき
「かの明石の舟〜」の現代語訳・口語訳と解説
現代語訳(口語訳)
国の守が参上して、宴会を開いておもてなしを、一般の大臣らがご参詣なさるときよりも、格別に他のものとは比べ物にならないほど開いてさし上げたことでしょう。(明石の君は)たいそうきまりが悪く、
「(あの一行の中に)立ち交じって、取るに足らない(私のような身分の)身で少しばかりの奉納をしても、神様も目にとどめて人並みにお扱いくださるはずがありません。帰ろうとしても中途半端です。今日は難波に舟を止めて、せめて祓いだけでもしましょう。」
といって、漕いでいきました。
源氏の君は(明石の君が同じ日に住吉大社に参拝していることを)少しもご存じなく、一晩中いろいろな神事をおさせになります。本当に、神様がお喜びになるに違いないことをし尽くして、過去になされた祈願の願ほどきに加え、めったにないほどの様子で管弦楽の遊びをし騒ぎ夜をお明かしになります。惟光のような人は心の中に神の御徳をしみじみと喜ばしく思っています。(光源氏が)少しだけ出ていらっしゃったときに(惟光は)お側に寄って、申し上げました。
住吉の松を見ていると感慨無量です。(須磨に流刑になった)昔のことが思い出されますので。
(光源氏は)本当に、と思い出しなさって
「(嵐がきて)荒れていた(須磨の)波に迷わされたことを思うにしても、住吉の神に願掛けをしたことを忘れることがあるだろうか、いや忘れまい。
効果があったな。」
とおっしゃるのも、たいへん素晴らしいことです。
つづき
「かの明石の舟〜」の現代語訳・口語訳と解説
■次ページ:品詞分解と単語・文法解説