枕草子『古今の草子を』
このテキストでは、
清少納言が書いた
枕草子から『古今の草子を(村上の御時に〜)』の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。タイトルが『古今の草子を』となっていますが、「清涼殿のうしとらの隅の北のへだてなる御障子には〜」からなる段の一節です。
つづき:
枕草子『古今の草子を(いと久しうありて〜)』の現代語訳と解説
※清少納言は平安時代中期の作家・歌人です。一条天皇の皇后であった中宮定子に仕えました。そして枕草子は、兼好法師の『徒然草』、鴨長明の『方丈記』と並んで「古典日本三大随筆」と言われています。
原文(本文)
「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一條の左大臣殿の御女におはしけると、誰かは知り奉らざらむ。まだ姫君と聞こえける時、父大臣の教へ聞こえ給ひけることは、
『一つには、御手を習ひ給へ。次には、琴の御琴を、人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては、古今の歌二十巻を皆うかべさせ給ふを、御学問にはせさせ給へ。』
となむ、聞こえ給ひけると、聞こしめしおきて、御物忌なりける日、古今を持てわたらせ給ひて、御几帳を引き隔てさせ給ひければ、
女御、例ならず
あやしとおぼしけるに、草子をひろげさせ給ひて、
『その月、何のをり、その人の詠みたる歌はいかに。』
と、問ひきこえさせ給ふを、かうなりけりと心得給ふもをかしきものの、
ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべき事と、わりなう思し乱れぬべし。そのかたに
おぼめかしからぬ人、二三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせ給ふとて、
強ひ聞こえさせ給ひけむほどなど、いかにめでたう、をかしかりけむ。御前に候ひけむ人さへこそうらやましけれ。
せめて申させ給へば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆ違ふ事なかりけり。いかでなほ少し
ひがこと見つけてをやまむと、
ねたきまでに思しめしけるに、十巻にもなりぬ。
『さらに不用なりけり。』
とて、御草子に夾算さして、大殿籠りぬるも、また
めでたしかし。
つづき:
枕草子『古今の草子を(いと久しうありて〜)』の現代語訳と解説
現代語訳(口語訳)
「村上天皇の御代に、宣耀殿の女御と申し上げた人は、小一條の左大臣殿の御息女でいらっしゃいったことを、誰が知らないと申し上げましょうか、いや誰もが存じています。まだ(宣耀殿の女御が)姫君と申し上げたときに、父である大臣がお教え申し上げられたことは、
『まずは、手習いをなさってください。次に七弦を張る琴を、人よりも特に上手に弾こうとお思いになってください。さらには、古今和歌集の歌に十干すべてを、暗唱しなさることをご学問になさいませ。』
とお教え申し上げたと(帝は)お聞きになられたので、物忌であった日に、古今和歌集をお持ちになって(女御が控えている部屋に)いらっしゃって、(古今和歌集を女御に見られないように)御几帳を(帝と女御たちの間に置いて)隔てられました。女御は、いつもとちがって(様子が)並々ではないとお思いになったところ、(帝は)本をお広げになって
『何の月、何の時に、その人が詠んだ歌はなにか。』
とお尋ねになられるのを、こういうこと(女御が歌を覚えているか試すために、帝と女御の間に御几帳を立てて本を見えないようにした)だったのねと(女御)はご理解されたことも趣があることですが、記憶違いをしていたり、忘れてしまった箇所があるならば、大変なことであると、どうしようもなく思い悩まれたことでしょう。(帝は)その方面(歌)に疎くない人を、2,3人ばかりお呼び出しになられて、碁石を使って、(問題の正誤の)数を置かせようとされて、無理に(女御に)答えさせようとなさったそうです、など(と聞くと)、どれほど素晴らしく、趣のあったことなのでしょう(と思います)。(女御の)御前に控えていた人までもうらやましく思います。(帝が、女御に)無理に答えさせようとなさると、(女御は)かしこく、下の句まで言い当てるということはありませんでしたが、(質問された歌には)すべて全く間違うことがありませんでした。(帝は)どうにかして少しの間違いを見つけて終わりにしようと、くやしいほどにお思いになっているうちに、(20巻あるうち)10巻にもなってしまいました。
『全く無駄であった。』
と(帝は)おっしゃって、本にしおりをはさんで、お休みになられたことも、またすばらしいことです。」
つづき:
枕草子『古今の草子を(いと久しうありて〜)』の現代語訳と解説
■次ページ:品詞分解と単語・文法解説
【天皇制の始まりとその歴史について解説】