枕草子『古今の草子を』
ここでは、枕草子の『古今の草子を(いと久しうありて〜)』を現代語訳をしています。タイトルが『古今の草子を』となっていますが、「清涼殿のうしとらの隅の北のへだてなる御障子には〜」からなる段の一節です。
原文(本文)
いと久しうありて、起きさせ給へるに、なほこの事勝ち負けなくてやませ給はむ、いとわろしとて、下の十巻を、明日にならば、ことをぞ見給ひ合するとて、今宵定めてむと、大殿油まゐりて、夜更くるまで読ませ給ひける。
されど、つひに負け
聞えさせ給はずなりにけり。
『うへ、渡らせ給ひて、かかる事。』
など、
殿に申しに奉られたりければ、いみじう思し騒ぎて、
御誦経など数多せさせ給ひて、そなたに向きてなむ、念じ暮さし給ひける。
すきずきしう、あはれなる事なり。」
など、語り出させ給ふを、うへも聞しめし、
めでさせ給ふ。
「われは三巻四巻
だにえ見果てじ。」と仰せらる。
「昔は、
えせ者も皆をかしうこそありけれ。」
「このごろは、かやうなる事
やは聞ゆる。」
など、御前に候ふ人々、うへの女房、こなた許されたるなど参りて、口々言ひ出でなどしたるほどは、誠に
つゆ思ふ事なく、めでたくぞおぼゆる。
現代語訳(口語訳)
(帝は)だいぶしばらく経ってから、お目覚めになられると、やはりこの事(歌当て)の勝ち負けをつけずに終わらせてしまわれるのは、とてもよくないと(お思いになっています)。(全20巻のうちの)下の十巻を、明日になると、(女御はこの勝負に備えて)別の本をご覧になって参考にするだろうと(帝はお思いになり)、今夜のうちに勝負を決してしまおうと、大殿油に火をつけて、夜が更けるまでお読みになられました。しかし、(女御は、帝に)最後までお負け申し上げなさいませんでした。
『天皇が女御のところにいらっしゃって、このような事を(なさっています)。』
などと、(女御の父である)殿に(女御が使いをたてて)お知らせ申し上げたところ、(殿は)大変心配なさって、僧に経を詠ませることなどをたくさんさせなさって、宮中の方角に向かって、(娘が間違えないようにと)お祈りを続けられました。風流があって、趣深く感じることです。」
などと、(中宮定子様が)語り始められたのを、帝(一条天皇)もお聞きになって、賞賛なさいます。
「私は3巻4巻でさえ読み終えることはできないだろう。」
と(帝は)おっしゃいます。
「昔は、身分の低い者なども皆、風流だったのですね。」
「最近は、このようなことは聞くでしょうか、いや聞いたことがありません。」
など、(中宮定子様の)御前に控える人々や、一条天皇の(世話係りである)女房で、(中宮の部屋に)入室を許された者などが参って、口々に言い出している様子は、本当にまったく気がかりなことなく、すばらしいことがと思われます。
■次ページ:品詞分解と単語・文法解説