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宇治拾遺物語「留志長者のこと」(帝に憂へ申せば〜)のわかりやすい現代語訳と解説
著作名: 走るメロス
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宇治拾遺物語「留志長者のこと」

このテキストでは、宇治拾遺物語に収録されている「留志長者のこと」(帝に憂へ申せば〜)の現代語訳・口語訳とその解説をしています。

※前回のテキスト:「留志長者のこと」(憎しと思しけるにや〜)の現代語訳と解説

原文・本文

帝に憂へ申せば、
「母上に問へ。」

仰せあれば、母に問ふに、
「人に物くるるこそ、我が子にて候はめ。」

と申せば、する方なし。
「腰のほどに、(※1)ははくそといふ物のあとぞ候ひし。それをしるしに御覧ぜよ。」

と言ふに、開け見れば、帝釈(※2)それをまなばせ給はざらむやは、二人ながら同じやうに物のあとあれば、力なくて、仏の御許に二人ながら参りたれば、その時、帝釈もとの姿になりて御前におはしませば、論じ申すべき方なしと思ふほどに、仏の御力にて、やがて須陀洹果を証したれば、悪しき離れたれば、物惜しむ心も失せぬ。

かやうに帝釈は、人を導かせ給ふことはかりなしそぞろに長者が財を失はむとは、(※3)何しに思し召さむ。(※4)慳貪の業によりて地獄に落つべきを、あはれませ給ふ御こころざしによりて、かく構へさせ給ひけるこそめでたけれ

現代語訳・口語訳

帝に訴え申し上げると、
「母に訪ねなさい。」

とご命令があるので、母に尋ねると、
「人に物を与える(方)こそ、我が子でございましょう。」

と申すので、どうしようもありません。
「腰のあたりに、ほくろというもののあとがございました。それを証拠としてご覧ください。

と言うので、(服の腰のあたりを)開けて見ると、帝釈天はそれを真似なさらないでしょうか、いやなさるはずです、二人とも同じようにほくろのあとがあるので、どうしようもなくて、仏の御前に二人そろって参上したところ、その時、帝釈天がもとの姿になって(仏の)御前にいらっしゃるので、(これではどちらが本物か)議論し申し上げる方法がないと(留志長者が)思っているうちに、仏の御力で、すぐさま須陀洹果(の悟りを)開いたので、卑しい心が離れ、物をもったいないと思う心もなくなってしまいました。

このように帝釈天は、人をお導きになること計り知れません。理由もなく長者が財産を失おうとは、どうしてお思いになるでしょうか、いやお思いになりません(そうなるのにはきちんと理由があるのです)。(長者が)強欲の報いによって地獄に堕ちるはずのところを、気の毒にお思いになるご意向により、このようにおたくらみになられたことは素晴らしいことです。

品詞分解

宇治拾遺物語「留志長者のこと」(帝に憂へ申せば〜)の品詞分解

単語・文法解説

(※1)ははくそほくろ
(※2)それをまなばせ給はざらむやは「やは」が反語を表す係助詞
(※3)何しにここでは「どうして〜か-いや、〜ない」と反語で訳す
(※4)慳貪けち、強欲


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