百人一首(77)崇徳院/歌の意味と読み、現代語訳、単語、品詞分解、覚え方
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ
このテキストでは、
百人一首に収録されている歌「
瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ」のわかりやすい現代語訳・口語訳と解説(掛詞、序詞、縁語、係り結び、句切れの有無など)、歌が詠まれた背景や意味、そして品詞分解を記しています。この歌は、百人一首の他に詞花和歌集/詞華和歌集にも収録されています。
百人一首とは
百人一首は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家・
藤原定家が選んだ和歌集です。100人の歌人の和歌を、1人につき1首ずつ選んで作られています。百人一首と言われれば一般的にこの和歌集のことを指し、
小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)とも呼ばれます。
暗記に役立つ百人一首一覧
以下のテキストでは、暗記に役立つよう、それぞれの歌に番号、詠み手、ひらがなでの読み方、そして現代語訳・口語訳を記載し、歌番号順に一覧にしています。
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暗記に役立つ百人一首一覧
原文
(※1)瀬を早み 岩に(※2)せかるる 滝川の (※3)われても末に (※4)あはむとぞ思ふ
ひらがなでの読み方
せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすえに あはむとぞおもふ
現代語訳
川の流れが速いので、岩にせき止められた急流(滝のような川の水)が、たとえ(2つに)割れたとしても、(下流でふたたび合流するように私たちも一度引き離されても再び)めぐり合おうと思うのです。
解説・鑑賞のしかた
この歌の詠み手は、平安時代後期の天皇であった
崇徳院(すとくいん)です。崇徳院は18年ほど天皇として在位していましたが、実権は父親の鳥羽上皇がにぎっていました。また鳥羽上皇が崇徳院に強引に譲位をせまり、腹違いの弟(近衛天皇)を即位させたことや、鳥羽上皇の亡きあとは後白河天皇との後継者争いに敗れ隠岐に流されるなど、不遇の人生を送りました。そのため日本三大怨霊の一人に数えられています。
この歌は、離れ離れになった想い人への激しい思いを詠んだものです。恋の歌ではあるのですが、前述のように、在位時には自由がなく、無理やり譲位させられた無念の思いが込められているや、罪人として隠岐に流されたときの思いを込めているなどと様々な解釈ができるのではないでしょうか。
主な技法・単語・文法解説
■単語・文法解説
| (※1)瀬 | 「川や海の浅くなっている所」や「浅くて流れの早い所」などを指す |
■(※2)縁語
「せく」が「滝川」の縁語。
※「縁語(えんご)」とは、和歌の修辞技法のひとつ。ひとつの和歌にある言葉と、意味や音声の上で関連のある言葉を用いて表現に幅をもたせる技法。
■(※3)、(※4)掛詞
「掛詞」とは、ひとつの言葉に2つ以上の意味を重ねて表現内容を豊かにする技法のこと。この歌では以下の2つが掛詞になっている。
(※3)「わる」が「人が別れる」と「水が分かれる」をかけた掛詞。
(※4)「あふ」が「
合う(水が合流する)」と「
逢う(人が逢う)」をかけた掛詞。
■序詞
初句から三句までは、「われても」を導く序詞。
■句切れ
句切れなし。
品詞分解
※名詞は省略しています。
| 瀬 | ー |
| を | 間投助詞 |
| 早 | ク活用の形容詞「はやし」の語幹 |
| み | 原因・理由の接尾語 |
| 岩 | ー |
| に | 格助詞 |
| せか | カ行四段活用「せく」の未然形 |
| るる | 受身の助動詞「る」の連体形 |
| 滝川 | ー |
| の | 格助詞 |
| われ | ラ行下二段活用「わる」の連用形 |
| て | 接続助詞 |
| も | 係助詞 |
| 末 | ー |
| に | 格助詞 |
| あは | ハ行四段活用「あふ」の未然形 |
| む | 意志の助動詞「む」の終止形 |
| と | 格助詞 |
| ぞ | 係助詞(係り結び) |
| 思ふ | ハ行四段活用「おもふ」の連体形 |
著者情報:走るメロスはこんな人
学生時代より古典の魅力に取り憑かれ、社会人になった今でも休日には古典を読み漁ける古典好き。特に1000年以上前の文化や風俗をうかがい知ることができる平安時代文学がお気に入り。作成したテキストの総ページビュー数は1,6億回を超える。好きなフレーズは「頃は二月(にうゎんがつ)」や「月日は百代の過客(くゎかく)にして」といった癖のあるやつ。早稲田大学卒業。