蜻蛉日記
ついたちの日をさなき人をよびて
ついたちの日、をさなき人をよびて、
「ながき精進をなんはじむる。「もろともにせよ」とあり」
とて、はじめつ。我はた、はじめよりもことごとしうはあらず、ただ土器(かはらけ)に香うちもりて脇息(けふそく)のうへにおきて、やがておしかかりて仏を念じたてまつる。その心ばへ、
「ただきはめてさいはひなかりける身なり。年ごろをだによに心ゆるびなくうしと思ひつるを、ましてかくあさましくなりぬ。とくしなさせたまひて、菩提かなへたまへ」
とぞ行ふままに、涙ぞほろほろとこぼるる。あはれ、今やうは女も数珠ひきさげ、経ひきさげぬなしと聞きしとき、
「な、まさり顔な、さるものぞやもめにはなるてふ」
などもどきし心は、いづちか行きけん。夜のあけくるるも心もとなく、いとまなきまで、そこはかともなけれど、おこなふとそそくままに、あはれ、さ言ひしを聞く人いかにをかしと思ひ見るらん、はかなかりける世を、などてさ言ひけん、と思ふ思ふおこなへば、かたとき涙うかばぬ時なし。人目ぞいとまさり顔なくはづかし ければ、おしかへしつつあかしくらす。