蜻蛉日記
かくありし時すぎて
かくありし時すぎて、世中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで世にふる人ありけり。かたちとても人にもにず、心だましひもあるにもあらで、かうもののえうにもあらであるもことわりとおもひつつ、ただふしをきあかしくらすままに世中におほかる古る物語のはしなどをみれば、世におほかるそらごとだにあり、人にもあらぬ身のうへまでかき日記してめづらしきさまにもありなん、天下の人の品たかきやと問はんためしにもせよかし、とおぼゆるも、すぎにしと年月ごろのこともおぼつかなかりければ、さてもありぬべきことなんおほかりける。