ねたきもの
ねたきもの。人のもとにこれよりやるも、人の返事(かへりごと)も、書きてやりつるのち、文字一つ二つ思ひなほしたる。とみの物縫ふに、かしこう縫ひつと思ふに、針をひきぬきつれば、はやくしりをむすばざりけり。また、かへさまに縫ひたるもねたし。
南の院におはしますころ、
「とみの御物なり。誰も誰も時かはさず、あまたして縫ひてまゐらせよ」
とて給はせたるに、南面(みなみおもて)にあつまりて、御衣の片身づつ、誰かとく縫ふと、ちかくもむかはず縫ふさまも、いとものぐるほし。命婦の乳母(めのと)、いととく縫ひはてて、うちをきつる、ゆたけの片の身を縫ひつるが、そむきざまなるを見つけで、とぢめもしあへず、まどひをきて立ちぬるが、御背あはすれば、はやくたがひたりけり。
わらひののしりて、
「はやくこれ縫ひなほせ」
といふを、
「誰あしう縫ひたりとしりてかなほさむ。綾などならばこそ、裏を見ざらむ人もげにとなほさめ、無紋の御衣なれば、何をしるしにてか。なほす人誰もあらむ。まだ縫ひ給はむ人になほさせよ」
とて聞かねば、さいひてあらむやとて、源少納言、中納言の君などいふ人たち、もの憂げにとりよせて縫ひ給ひしを、見やりてゐたりしこそをかしかしりか。
おもしろき萩、薄などを植ゑて見るほどに、長櫃(ながびつ)持たるもの、鋤(すき)などひきさげて、ただ掘りに掘りていぬるこそわびしうねたけれ。よろしき人などのある時は、さもせぬものを。いみじう制すれど、
「ただすこし」
などうちいひていぬる、いふかひなくねたし。
受領などのおゑにも、ものの下部(しもべ)などの来(き)て、なめげにいひ、さりとて我をばいかがせむなど思ひたる、いとねたげなり。見まほしき文などを、人のとりて庭に下りて見たてる、いとわびしくねたく思ひていけど、簾のもとにとまりて見たる心地こそ、とびも出でぬべき心地こそすれ。