好き好きしくて、人、数見る人の
好き好きしくて、人、数見る人の、夜はいづくにかありつらむ、暁にかへりて、やがて起きたる、ねぶたげなるけしきなれど、硯とりよせて、墨こまやかにをしすりて、ことなしびに、筆にまかせてなどはあらず、心とどめてかく、まひろげ姿もをかしうみゆ。
しろき衣どものうへに、山吹、紅などぞきたる。しろき単衣(ひとへ)の、いたうしぼみたるを、うちまもりつつかきはてて、前なる人にもとらせず、わざとたちて、小舎人童(ことねりわらは)、つきづきしき随身(ずいじん)など、近う呼び寄せて、ささめきとらせて、いぬるのちもひさしうながめて、経などのさるべき所々、しのびやかに口ずさびによみゐたるに、おくのかたに、御粥、手水(てうづ)などしてそそのかせば、あゆみ入りても、文机(ふづくゑ)におしかかりて、文などをぞみる。おもしろかりける所は、高ううち誦(ず)したるも、いとをかし。
手洗ひて、直衣ばかりうちきて、六の巻そらによむ、まことにたふたきほどに、ちかき所なるべし、ありつる使(つかひ)うちけしきばめば、ふと読みさして、かへりごとに心うつすこそ、罪得らむとをかしけれ。