職の御曹司におはしますころ
職(しき)の御曹司(おんぞうし)におはしますころ、木立などの、遙かにものふり、屋のさまもたかう、けどほけれど、すずろにをかしうおぼゆ。
母屋(もや)は鬼ありとて、南へ隔ていだして、南の廂(ひさし)に御几帳たてて、又廂に女房はさぶらふ。
近衛(このゑ)の御門(みかど)より、左衛門の陣にまゐりたまふ上達部(かんだちめ)の前駆(さき)ども、殿上人のはみじかければ、大前駆小前駆(おほさきこさき)とつけて、聞きさはぐ。あまたたびになれば、その声どももみな聞きしりて、
「それぞ、かれぞ」
など言ふに、また
「あらず」
など言へば、人して見せなどするに、言ひあてたるは、
「さればこそ」
など言ふもをかし。
有明の、いみじう霧りわたりたる庭に、おりてありくをきこしめして、御前にも起きさせたまへり。
うへなる人々のかぎりは出でゐ、おりなどして遊ぶに、やうやう明けもてゆく。
「左衛門の陣にまかり見む」
とて行けば、我も我もと追ひつぎて行くに、殿上人あまた声して、
「なにがし一声の秋」
と誦(ず)してまゐる音すれば、逃げ入り、ものなど言ふ。
「月を見たまひけり」
などめでて、歌詠むもあり。
夜も昼も殿上人のたゆるをりなし。
上達部までまゐりたまふに、おぼろげにいそぐことなきは、かならずまゐりたまふ。