蜻蛉日記
さてありふるほどに
さてありふるほどに、京のこれかれのもとより文(ふみ)どもあり。みれば、
「今日、殿おはしますべきやうになんきく。こたみさへおりずば、いとつべたましきさまになん、世人も思はん。また、はたよに物したまはじ。さらんのちに物したらんは、いかが人笑へならん」
と、人々おなじことどもを物したるに、いとあやしきことにもあるかな、いかにせん、こたみはよにしぶらすべくもものせじと、思ひさわぐほどに、我がたのむ人、ものよりただ今のぼりけるままにきて、天下のことかたらひて
「げにかくてもしばしおこなはれよと思ひつるを、この君いとくちをしうなりたまひにけり。はや、なほ物しね。今日も日ならばもろともに物しね。今日も明日もむかへにまゐらん」
など、うたがひもなくいはるるに、いと力なく思ひわづらひぬ。
「さらば、なほ明日」
とて、物せられぬ。