源氏物語『若菜上・柏木と女三宮』
このテキストでは、
源氏物語『
若菜上』の、「大将、いとかたはらいたけれど〜」から始まる部分の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。書籍によっては『
柏木と女三宮』と題するものもあるようです。
前回のテキスト
「御几帳どもしどけなく引きやりつつ〜」の現代語訳と解説
源氏物語とは
源氏物語は平安中期に成立した長編小説です。一条天皇中宮の藤原彰子に仕えた
紫式部が作者とするのが通説です。
原文
大将、いと
かたはらいたけれど、はひ寄らむもなかなかいと軽々しければ、ただ心を得させて、
うちしはぶき給へるにぞ、
やをら引き入り給ふ。さるは、我が心地にも、いと飽かぬ心地し給へど、猫の綱ゆるしつれば心にもあらずうち嘆かる。まして、さばかり心をしめたる衛門督は、胸ふとふたがりて、誰ばかりにかはあらむ、ここらの中に
しるき袿姿よりも、人に紛るべくもあらざりつる御気配など、心にかかりておぼゆ。さらぬ顔にもてなしたれど、
「まさに目とどめじや。」
と、大将はいとほしく思さる。
わりなき心地の慰めに、猫を招き寄せてかき抱きたれば、いと香ばしくて、
らうたげにうち鳴くも、
なつかしく思ひよそへらるるぞ、好き好きしきや。
大殿御覧じおこせて、
「上達部の座、いと軽々しや。こなたにこそ。」
とて、対の南面に入り給へれば、みなそなたに参り給ひぬ。宮も居直り給ひて、御物語し給ふ。次々の殿上人は、簀子に円座召して、わざとなく、椿餅、梨、柑子やうの物ども、さまざまに、箱の蓋どもにとりまぜつつあるを、若き人々
そぼれ取り食ふ。
さるべき乾物ばかりして、御土器参る。
現代語訳(口語訳)
大将(夕霧)は、(簾があがって部屋の中が見えているのを)たいそうはらはらしていますが、(簾を正しに)はって寄ることもかえって軽率なので、ただ気づかせようと、咳払いをなさったところ、(女三の宮は)そっと中にお入りになりました。そうはさせたものの、(大将は)自分の気持ちにも、(女三の宮が中に入ってしまったことに対して)たいそう物足りなくお思いになりますが、(女房が、絡まった)猫の綱をはなしたので、思わずため息がもれます。まして、(女三の宮に)夢中になっている衛門督(柏木)は、胸がふといっぱいになって、誰ほどの人でしょうか、(部屋の中の)大勢の(女房たちの)中ではっきりとわかる袿姿からしても、人と見間違いようもなかったご様子など、心にかかってお思いになります。何気ない顔をよそおっていましたが、
「(柏木も女三の宮を)当然見たに違いない。」
と、大将は(女三の宮のことを)気の毒にお思いになります。(柏木は)どうしようもない気持ちの慰めに、猫を招き寄せて抱きしめていると、(猫が)たいそういい香がして、かわいげに鳴くにつけても、心がひかれ(女三の宮に)思いなぞらえてしまうことは、好色めいたことです。
大殿(光源氏)が(こちらを)御覧になって、
「上達部の座が、あまりにも軽々しい。こちらに(おいでなさい)。」
といって、東の対の南面(の部屋)にお入りになられたので、皆そちらに参上なさいました。宮(光源氏の弟である蛍兵部卿宮)も座り直しなさって、お話をしなさいます。それ以下の殿上人は、簀子に円座を召して、特に意識せずに、椿餅、梨、柑子のような物が、いろいろ、箱の蓋などに盛り合わせてあるのを、若い人々はたわむれながら取って食べます。適当な乾物ばかりを肴にして、酒をお召しになります。
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