宇治拾遺物語『虎の鰐取たること』の原文・現代語訳と解説
このテキストでは、
宇治拾遺物語の一節『
虎の鰐取たること』の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。
宇治拾遺物語とは
宇治拾遺物語は13世紀前半ごろに成立した説話物語集です。編者は未詳です。
原文(本文)
これも今は昔、筑紫の人、商ひしに新羅に渡りけるが、商ひ果てて帰る道に、山の根に沿ひて、舟に水汲み入れむとて、水の流れ出でたる所に舟をとどめて水を汲む。その
ほど、舟に乗りたる者、舟ばたにゐて、うつぶして海を見れば、山の影うつりたり。高き岸三、四十丈ばかり余りたる上に、虎
つづまりゐて物を
うかがふ。その影水にうつりたり。その時に人々に
告げて、水汲む者を急ぎ呼び乗せて、手ごとに櫓を押して、急ぎて舟を
出だす。その時に虎躍りおりて舟に乗るに、舟はとく出づ。虎は落ち来るほどのありければ、今一丈ばかりを
え躍りつかで、海に落ち入りぬ。
舟を漕ぎて急ぎて行くままに、この虎に目をかけて見る。しばしばかりありて、虎海より出で来ぬ。泳ぎて陸ざまに上りて、
みぎはに平なる石の上に登るを見れば、左の前足を膝より噛み食ひ切られて血
あゆ。鰐に
食ひ切られたるなりけりと見るほどに、その切れたるところを水に浸して、
ひらがりをるを、いかにするにかと見るほどに、沖の方より鰐、虎の方をさして来ると見るほどに、虎、右の前足をもて鰐の頭に爪をうち立てて陸ざまに投げあぐれば、一丈ばかり浜に投げあげられぬ。のけざまになりてふためく。頤の下を躍りかかりて食ひて、二度三度ばかりうち振りて、
なよなよとなして、肩にうちかけて、手を立てたるやうなる岩の五、六丈あるを、三つの足をもちて下り坂を走るがごとく登りて行けば、舟の内なる者ども、これが仕業を見るに、半らは死に入りぬ。
舟に飛びかかりたらましかば、いみじき剣、刀を抜きてあふとも、かばかり力強く早からむには、何わざをすべきと思ふに、肝心失せて、舟漕ぐ
空もなくてなむ、筑紫には帰りけるとかや。
現代語訳(口語訳)
これも今となっては昔のことです。筑紫(に住む)人が、商売をするために新羅に渡ったのですが、商売が終わっての帰り道で、(海岸線の)山の際に沿って、舟に水を汲み入れようと、水が流れ出ているところに舟を泊めて水を汲んでいます。その間、舟に乗っている者は、船べりにいて、うつぶせて海を見ると、(水面には)山の影が映っていました。高い岸が約三、四十丈余りもある上に、虎がちぢこまって何か機会をうかがっています。(その虎の)影が水にうつっています。その時に人々に(虎が狙っていることを)知らせて、水を汲んでいる者を急いで呼び寄せ船に乗せ、手に手にオールを漕いで、急いで船を出発させます。その時に虎は飛び降りて船に乗ろうとしたのですが、船はいち早く出発します。虎は落ちてくるのに間があったので、(虎は)もう一丈ばかり飛びつくことができずに、海に落ちました。
船を急いで漕ぎ進みながら、この虎を注視してみます。少しばかりすると、虎は海から出てきました。泳いで陸にあがって、水際の平な石の上に登ったのを見ると、左の前足の膝から(下が)噛み切られて血が出ています。鰐(わに)に食い切られたのだなぁと思って見ていると、その切れたところ(足)を水にひたして、平べったく伏せています。どうするのかと思って見ていると、沖の方から鰐が、虎の方をめがけて来ていると見ているうちに、虎が右の前足を使って鰐の頭に爪を立てて陸に投げあげたので、(鰐は)一丈ほど浜に投げあげられました。(鰐は)仰向けになってばたばたとしています。
]
(虎は鰐の)あごの下に飛びかかって噛み付き、二三度振り回し、(鰐を)弱らせて、(その鰐を)肩にかけて、手を立てたようにまっすぐそそり立つ岩で五、六丈はあるのを、三本の足を使って下り坂を走るかのように登っていったので、船の中にいる者たちは、この様子を見て、半数は気を失って死んだようになってしまいました。
(もしあの虎が)船に飛びかかってきたのなら、すぐれた剣や刀を抜いて(戦おうとして)も、このように(虎が)力強く素早いことには、何をすることができるだろうかと思い、心を失って、船を漕ぐ方向もわからず、筑紫に帰ってきたということです。
■次ページ:品詞分解と単語・文法解説