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平家物語原文全集「清水寺炎上 2」

著者名: 古典愛好家
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平家物語

清水寺炎上

衆徒帰りのぼりにければ、一院六波羅より還御(かんぎょ)なる。重盛卿ばかりぞ御ともには参られける。父の卿は参られず。なほ用心の為かとぞ聞こえし。重盛の卿御送りより帰られたりければ、父の大納言のたまひけるは、

「さても一院の御幸(ごこう)こそ、大きに恐れおぼゆれ。 かねても思し召しより仰せらるる旨のあればこそ、かうは聞こゆらめ。それにもうちとけ給ふまじ」


とのたまへば、重盛卿申されける、

「この事ゆめゆめ御気色にも、御詞(ことば)にも出ださせ給ふべからず。人に心つけ顔に、なかなか悪しき御事なり。それにつけても、叡慮(えいりょ)に背き給はで、人の為に御情(なさけ)をほどこさせましまさば、神明三宝加護あるべし。さらむにとつては、御身の恐れ候ふまじ」


とて、立たれければ、

「重盛卿は、ゆゆしう大様なる者かな」


とぞ、父の卿ものたまひける。

一院還御の後、御前(ごぜん)にうとからぬ近習者達(きんじゅしゃたち)、あまた候はれけるに、

「さても不思議の事を申し出だしたるものかな。露も思しめしよらぬものを」


と仰せければ、院中のきり者に西光法師といふ者あり。境節御前近う候ひけるが、

「「天に口なし、人を以て言はせよ」

と申す。平家、以ての外(ほか)に過分に候ふ間、天の御計らいにや」


とぞ申しける。人々、

「この事由(よし)なし、壁に耳あり。恐ろし恐ろし」


とぞ申しあはれける。


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・平家物語原文全集「清水寺炎上 2」

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梶原正昭,山下宏明 1991年「新日本古典文学大系 44 平家物語 上」岩波書店

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