蜻蛉日記
人はめでたくつくりかかやかしつるところに
人は、めでたくつくりかかやかしつるところに、あすなむ、こよひなむ、とののしるなれど、我は思ひしもしるく、かくてもあれかしになりにたるなめり。されば、げにこりにしかばなど、思ひのべてあるほどに、三月十日のほどに、内裏(うち)の賭弓のことありて、いみじくいとなむなり。をさなき人、後への方にとられて出でにたり。
「方かつ物ならば、その方のまゐもすべし」
とあれば、このごろはよろづわすれて、このことをいそぐ。舞ひならすとて、日々に楽(がく)をしののしる。出居(いでゐ)につきて、賭物(かけもの)とりてまかでたり。いとゆゆしとぞうち見る。
十日の日になりぬ。今日ぞここにて試楽(しがく)のやうなることする。舞の師、多好茂(おほのよしもち)、女房よりあまたの物かづく。おとこ方もありとあるかぎりぬぐ。
「殿は御物忌みなり」
とて、おとこどもはさながら来(き)たり。こと果て方になる夕暮れに、好茂(よしもち)、胡蝶楽舞ひていできたるに、黄なる単衣(ひとへ)ぬぎてかづけたる人あり。をりにあひたる心ちす。また十二日、
「後(しり)への方人さながらあつまりて舞はすべし。ここには弓場なくてあしかりぬべし」
とて、かしこにののしる。
「殿上人、数をおほくつくしてあつまりて、好茂(よしもち)、うづもれてなむ」
ときく。我は、いかにいかにとうしろめたく思ふに、夜ふけて、おくり人あまたなどして物したり。さて、とばかりありて、人々あやしと思ふに、はひいりて
「これがいとらうたく舞ひつることかたりになむものしつる。みな人の泣きあはれがりつること。あすあさて物忌、いかにおぼつかなからん、五日の日、まだしきにわたりて、事どもはすべし」
などいひてかへられぬれば、つねはゆかぬここちも、あはれにうれしうおぼゆることかぎりなし。