蜻蛉日記
さてその日ごろえらびまうけつる廿二日の夜
さてその日ごろえらびまうけつる廿二日の夜、ものしたり。こたみはさきざきのさまにもあらず、いとづしやかになりまさりたる物から、せむるは、さまいとわりなし。
「殿の御ゆるされはみちなくなりにたり。そのほどはるかにおぼえはべるを、御かへりみにていかでとなん」
とあれば、
「いかにおぼして、かうはの給ふ。そのはるかなりとの給ふほどにや、初(うひ)ごともせんとなんみゆる」
といへば、
「いふかひなきほども、物がたりはするは」
といふ。
「これはいとさにはあらず。あやにくに面(おも)ぎらひするほどなればこそ」
などいふも、ききわかぬやうに、いとわびしく見えたり。
「胸はしるまでおぼえはべるを、この御簾(みす)のうちにだにさぶらふと思ひ給へて、まかでん。ひとつひとつをだになすことにし侍らん。かへりみさせ給へ」
といひて、すだれに手をかくれば、いとけうとけれど聞きも入れぬやうにて、
「いたうふけぬらんを、例はさしもおぼえ給ふ夜になんある」
とつれなういへば、
「いとかうは思ひきこえさせずこそありつれ。あさましういみじう、かぎりなうかなしと思ひたまふべし。御暦も軸もとになりぬ。わるくきこえさする御気色もかかり」
など、おりたちてわびいりたれば、いとなつかしさに、
「なほいとわりなきことなりや。院に、内裏(うち)になどさぶらひ給らん昼まのやうにおぼしなせ」
などいへば、
「そのことの心はくるしうこそはあれ」
とわびいりてこたふるに、いとふかひなし。いらへわづらひて、はてはものもいはねば、
「あなかしこ、御気色もあしうはべめり。さらば今はおほせごとなからんにはきこえさせじ。いとかしこし」
とて、爪(つま)はじきうちしてものもいはで、しばしありてたちぬ。出づるに、
「松明(まつ)」
などいはすれど、
「さらにとらせでなん」
ときくに、いとほしくなりて、まだつとめて、
「いとあやにくに松明(まつ)ともの給はせで、かへらせ給ふめりしは、たひらかにやときこえさせになん。
ほととぎすまたとふべくもかたらはで かへる山ぢのこぐらかりけん
こそいとほしう」
とかきてものしたり。さしおきてくれば、かれより、
「とふ声はいつとなけれどほととぎす あけてくやしき物をこそおもへ
ど、いたうかしこまり、給はりぬ」
とのみあり。