男こそ
男こそ、なほいとありがたくあやしき心地したるものはあれ。いときよげなる人をすてて、にくげなる人を持たるもあやしかし。公所(おほやけどころ)に入りたちたる男、家の子などは、あるがなかによからむことをこそは、選(え)りて思ひ給はめ。およぶまじからむ際をだに、めでたしと思はむを、死ぬばかりも思ひかかれかし。人のむすめ、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。かつ女の目にもわろしと思ふを思ふは、いかなることにかあらむ。
かたちいとよく、心もをかしき人の、手もようかき、歌もあはれによみて、うらみおこせなどするを、返事(かへりごと)はさかしらにうちするものから、よりつかず、らうたげにうちなげきてゐたるを、見すてていきなどするは、あさましう、おほやけ腹たちて、見証(けんそ)の心地も心うくみゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。