蜻蛉日記
しも月もおなじごとにて廿日になりにければ
しも月もおなじごとにて廿日になりにければ、今日見えたりし人、そのままに廿よ日あとをたちたり。文(ふみ)のみぞふたたび許(ばかり)みえける。かうのみ胸やすからねど、おもひ尽きにたれば、心よわき心ちしてともかくもおぼえで、
「四日許の物忌(ものいみ)しきりつつなん。ただいま今日だにとぞ思ふ」
など、あやしきまでこまかなり。はての月の十六日ばかりなり。しばしありて、にはかにかいくもりて雨になりぬ。たふるるかたならんかしと思ひいでてながむるに、暮れゆくけしきなり。いといたくふればさはらむにもことわりなれば、昔はと許おぼゆるに、涙のうかびてあはれにもののおぼゆれば、念じがたくて人いだしたつ。
かなしくもおもひたゆるかいそのかみ さはらぬものとならひしものを
とかきて、いまぞ行くらんとおもふほどに、南面(みなみおもて)の格子もあげぬ外(と)に、人の気おぼゆ。人はえ知らず、われのみぞあやしとおぼゆるに、妻戸おしあけてふとはひ入りたり。いみじき雨のさかりなれば、おともえ聞こえぬなりけり。今ぞ
「御車とくさしいれよ」
などののしるも聞こゆる。
「年月(としつき)の勘事(かうじ)なりとも、今日のまゐりにはゆるされなんとぞおぼゆるかし。なほ明日はあなたふたがる、あさてよりは物忌などすべかめれば」
など、いとことよし。やりつる人はちがひぬらんとおもふに、いとめやすし。夜のまに雨やみにためれば、
「さらば暮れに」
などて、かへりぬ。
方ふたがりたれば、むべもなく、待つに見えずなりぬ。
「よべは人のものしたりしに、夜のふけにしかば経などよませてなんとまりにし。例のいかにおぼしけん」
などあり。山ごもりののちは、
「あまがへる」
といふ名をつけられたりければ、かくものしけり。
「こなたざまならでは、かたも」
などしげくて、
おほばこの神のたすけやなかりけん ちぎりしことをおもひかへるは
とやうにて、例の、日すぎて、つごもりになりにたり。