平家物語『内侍所都入』
ここでは、平家物語の中の『内侍所都入』の「新中納言、『見るべきほどのことは見つ。今は自害せん』とて〜」から始まる部分の現代語訳・口語訳とその解説を記しています。書籍によっては『能登殿最期』や『壇ノ浦の合戦』の一部としているものもあるようです。
※前回のテキスト:
「今はかうと思はれければ~」わかりやすい現代語訳と解説
原文
新中納言、
とて、乳母子の伊賀平内左衛門家長を
召して、
と
のたまへば、
と中納言に鎧二領
着せ奉り、我が身も鎧二領
着て、手を取り組んで海へぞ入りにける。これを見て、侍ども二十余人、後れ奉らじと、手に手を取り組んで、
一所に沈みけり。その中に、越中次郎兵衛・上総五郎兵衛・悪七兵衛・飛騨四郎兵衛は、何として
(※3)か逃れたりけむ、そこをもまた
落ちにけり。海上には赤旗・赤印投げ捨て、かなぐり
捨てたりければ、竜田川のもみぢ葉を嵐の吹き散らしたるがごとし。
汀に寄する白波も、薄紅にぞなりにける。主も
なきむなしき舟は、潮にひかれ、風に
(※4)従って、
いづくを
さすともなく揺られゆくこそ
悲しけれ。
現代語訳(口語訳)
新中納言(平知盛)は、
「見届けるべきことは見届けた。今は自害しよう。」
といって、乳母子の伊賀平内左衛門家長をお呼び寄せになり、
「おい、(生死を共にするという)約束を異にするということはないだろうな。」
とおっしゃると(家長は)
「異論を申し上げることがありましょうか、いやありません。」
と(申し上げて)中納言に鎧を2つ着せ申し上げて、自身も鎧を2つ着て、手を取り合って海へと入りました。これを見て、(平家の)侍たち20人余りが、(主君の死に)遅れ申し上げるまいと、手に手を取り合って、同じ場所に沈みました。その中で、越中次郎兵衛・上総五郎兵衛・悪七兵衛・飛騨四郎兵衛は、どのようにして逃げたのでしょうか、そこをもまた逃げ落ちて行きました。海上には(兵士の)赤旗や赤印が投げ捨て、乱暴に捨ててあるので、(その様子は)竜田川の紅葉の葉を嵐が吹き散らかしたかのようです。水際にうち寄せる白波も、(死者の血で)薄紅色になっていました。乗り手のいない空っぽの舟は、潮に(あてもなく)引っ張られ、風に従って(漂い)、どこを目指すこともなく揺られていくのは悲しいことです。
品詞分解
※品詞分解:
新中納言、「見るべきほどのことは見つ〜」の品詞分解
単語・文法解説
(※1)違ふまじきか | 「まじき」は打消推量の助動詞「まじ」の連体形 |
(※2)子細にや及び候ふ | 「や〜候ふ」で係り結び。係助詞「や」は疑問/反語を意味するが、ここでは反語で訳す |
(※3)〜か逃れたりけむ | 「けむ」は過去推量の助動詞「けむ」の連体形。「か〜けむ」で係り結び。係助詞「か」は疑問/反語を表すが、ここでは疑問で訳す |
(※4)従っ | ハ行四段活用「したがふ」の連用形「したがひ」の促音便 |