平家物語
大納言流罪
新大納言は、さしも忝う思し召されける君にもはなれ参らせ、つかの間も去り難う思はれける北方、をさなき人々にも別れはてて、
「こは何方へとて行くやらむ。二度故郷に帰つて妻子を相見む事も有難し。一年山門の訴訟によつて流されしを、君惜しませ給ひて西の七条より召し帰されぬ。これはされば君の御戒にもあらず。こはいかにしつる事ぞや。」
と、天に仰ぎ地に伏して泣きかなしめどもかひぞなき。明ければ既に舟おし出いて下り給ふに、道すがらもただ涙に咽でながらふべしとはおぼえねど、さすが露の命は消えやらず、跡の白浪へだつれば、都は次第に遠ざかり、日数やうやう重なれば、遠国は既に近付けり。備前の児島に漕ぎ寄せて、民の家のあさましげなる柴の庵にをき奉る。島のならひ、うしろは山、前は海、磯の松風浪の音、いづれも哀れは尽きせず。
つづき