平家物語
阿古屋之松
大納言一人にも限らず、警めを蒙る輩おほかりけり。近江中将入道蓮浄、佐渡国、山城守基兼、伯耆国、式部大輔正綱、播磨国、宗判官信房、阿波国、新平判官資行は美作国とぞ聞えし。
そのころ入道相国福原の別業におはしけるが、同じき廿日、摂津左衛門盛澄を使者で、門脇宰相の許へ、
「存ずる旨あり。丹波少将急ぎこれへたべ。」
とのたまひつかはされたりければ、宰相、
「さらば、ただありし時、ともかくもなりたりせば、いかがせむ。今更物を思はせんこそかなしけれ。」
とて、福原へ下り給ふべきよしをのたまへば、少将なくなく出で立ち給ひけり。女房達は、
「かなはぬもの故、なほもただ宰相の申されよかし。」
とぞ嘆れける。宰相、
「存ずるほどの事は申しつ。世を捨つるより外は、いまは何事をか申すべき。されどもたとひいづくの浦におはすとも、我が命のあらむ限りは、とぶらひ奉るべし。」
とぞのたまひける。
つづき