蜻蛉日記
廿五日に、大夫しもにかしなとにもきおこなひなどす
廿五日に、大夫しもにかしなとにもきおこなひなどす。などぞすらんと思ふほどに、司召(つかさめし)のことあり、めづらしき文にて
「右馬助(むまのすけ)になん」
とつげたり。ここかしこによろこびものするに、その寮(つかさ)の頭、をぢにさへものしたまへば、まうでたりける、いとかしこうよろこびて、ことのついでに、
「殿にものし給ふなるひめぎみはいかがものし給ふ。 いくつにか、御としなどは」
と問ひけり。かへりて
「さなん」
とかたれば、いかできき給ひけん、なに心もなく、おもひかくべきほどしあられねば、やみぬ。
そのころ院の賭弓(のりゆみ)あべしとてさわぐ。頭も助もおなじかたに、出居(いでい)の日々にはいきあひつつ、おなじことをのみの給へば、
「いかなるにかあらん」
などかたるに、二月廿日のほどに弓にみるやう、