平家物語
少将乞請
季貞帰り参って、この由宰相殿に申しければ、誠本意なげにて、重ねて申されけるは、
「保元・平治よりこのかた、度々の合戦にも、御命には代はり参らせんとこそ存じ候へ。この後も、荒き風をば、まづ防ぎ参らせ候はんずるに、たとひ教盛こそ年老いて候ふとも、若き子共あまた候へば、一方の御固めには、などかならでは候ふべき。それに成経しばらくあづからうど申すを、御許されなきは、教盛を一向二心ある者と思し召すにこそ。これほどうしろめたう思はれ参らせては、世にあっても何にかはし候べき。今はただ身のいとまを給はって出家入道し、片山里にこもり居て、一筋に後世菩提のつとめを営み候はん。由なき浮世のまじはりなり。世にあればこそ望みもあれ。望みのかなはねばこそ恨みもあれ。しかじ、浮世をいとひ、実の道に入りなんには」
とぞのたまひける。季貞参って、
「宰相殿ははや思し召し切って候ふ。ともかうもよきやうに、御はからひ候へ」
と申しければ、その時入道大きに驚ゐて、「さればとて、出家入道までは、あまりにけしからず。その儀ならば、少将をばしばらく御辺に預く奉ると云ふべし」
とこそのたまひけれ。季貞帰り参って宰相殿にこの由申せば、
「あはれ、人の子をば持つまじかりけるものかな。我が子の縁に結ぼほれざらんには、これほどまで心をばくだかじものを」
とて出でられけり。
つづき