平家物語
少将乞請
少将待ち受け奉りて、
「さていかが候ひつる」
と申されければ、
「入道あまりに腹を立てて、教盛にはつひに対面もし給はず。かなふまじき由しきりりにのたまひつれ共、出家入道まで申したればにやらん、しばらく宿所にをき奉れとのたまひつれ共、始終よかるべしともおぼえず」
少将、
「さ候へばこそ、成経は御恩をもって、しばしの命ものび候はんずるにこそ。それにつき候ひては、大納言が事をば、いかがきこしめされ候」
「それまでは思ひもよらず」
とのたまへば、その時涙をはらはらと流いて、
「誠に御恩をもって、しばしの命もいき候はんずる事は、しかるべう候へ共、命の惜しう候ふも、父を今一度見ばやと思ふためなり。大納言が斬られ候はんにをいては、成経とてもかひなき命を生きて何にかはし候ふべき。ただ一所でいかにもなるやうに申てたばせ給ふべうや候らん」
と申されければ、宰相よにも心苦しげにて、
「いさとよ、御辺の事をこそとかう申しつれ。それまでは思ひもよらねども、大納言殿の御事をば、今朝内の大臣のやうやうに申されければ、それもしばしは心安いやうにこそ承はれ」
とのたまへば、少将泣く泣く手を合はせてぞ悦ばれける。
「子ならざらん者は、誰かただ今我が身の上を差し置ひてこれほどまでは悦ぶべき。まことの契りは親子の中にぞありける。子をば人の持つべかりけるものかな」
とぞ、やがて思ひ返されける。さて今朝のごとくに同車して帰られけり。宿所には、女房たち、死んだる人の生き返りたる心して、さしつどひて皆悦び泣きどもせられけり。