南ならずは東の
南ならずは東(ひんがし)の廂(ひさし)の板の、かげ見ゆばかりなるに、あざやかなる畳をうちをきて、三尺の几帳の帷子(かたびら)、いと涼し気に見えたるをおしやれば、ながれて、思ふほどよりも過ぎてたてるに、しろき生絹の単衣、紅の袴、宿直物には、濃き衣のいたうは萎えぬを、すこしひきかけてふしたり。
灯篭に火ともしたる、二間ばかりさりて、簾高うあげて、女房二人ばかり、童など長押(なげし)によりかかり、また、おろしたる簾にそひてふしたるもあり。火とりに火ふかう埋(うづ)みて、心細げににほはしたるも、いとのどやかに心にくし。
宵うち過ぐるほどに、しのびやかに門たたく音のすれば、例の心知りの人きて、けしきばみたちかくし、人まもりて入れたるこそ、さるかたにをかしけれ。かたはらに、いとよく鳴る琵琶の、をかしげなるがあるを、物語のひまひまに、音もたてず、爪(つま)びきにかき鳴らしたるこそ、をかしけれ。