平家物語
少将乞請
西八条より、使しきなみにありければ、宰相、
「行き向かうてこそ、ともかうもならめ」
とて出で給へば、少将も宰相の車の後にのってぞ出でられける。保元・平治よりこの方、平家の人々、楽しみ栄へのみあって、憂へ嘆きはなかりしに、この宰相ばかりこそ、由なき聟ゆへに、かかる嘆きをばせられけれ。西八条近うなって、車をとどめ、まづ案内を申し入れられければ、太政入道、
「丹波少将をばこの内へは入れらるべからず」
とのたまふ間、其の辺ちかき侍の家におろしおきつつ、宰相ばかりぞ門の内へは参入り給ふ。少将をば、いつしか兵共うちかこんで守護し奉る。たのまれたりつる宰相殿には離れ給ひぬ、少将の心のうち、さこそはたよりなかりけめ。宰相、中門に居給ひたれば、入道対面もし給はず。源大夫判官季貞をもって申し入れられけるは、
「教盛こそ、よしなき者に親しうなって、返す返す悔しう候へども、かひぞ候はず。相具しさせて候ふものが、このほど悩む事の候ふなるが、今朝よりこの嘆きをうち添へては、既に命も絶えなんず。何かはくるしう候ふべき、少将をばしばらく教盛に預けさせおはしませ。教盛かうて候へば、なじかはひが事させ候ふべき」
と申されければ、季貞参ってこの由申す。入道
「あはれ、例の宰相が物に心得ぬ」
とて、とみに返事もし給はず。ややあって入道のたまひけるは、
「新大納言成親、この一門を滅ぼして、天下を乱らむとする企てあり。この少将は、既にかの大納言が嫡子なり。疎うもあれ親しうもあれ、えこそ申し宥むまじけれ。もしこの謀反遂げましかば、御辺とてもおだしうやおはすべきと申せ」
とこそのたまひけれ。
つづき