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枕草子 原文全集「懸想人にて来たるは」

著者名: 古典愛好家
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懸想人にて来たるは

懸想(けさう)人にて来(き)たるはいふべきにもあらず、ただうちかたらふも、また、さしもあらねどおのづから来(き)などもする人の、簾(す)の内に人々あまたありてものなどいふに、ゐ入りてとみにかへりげもなきを、供(とも)なるをのこ、童(わらは)など、とかくさしのぞきけしき見るに、斧の柄も朽(くち)ぬべきなめりと、いとむつかしかめれば、ながやかにうちあくびて、みそかにと思ひて言ふらめど、

「あなわびし。煩悩苦悩かな。夜は夜中になりぬらむかし」


といひたる、いみじう心づきなし。

かのいふものはともかくもおぼえず、このゐたる人こそ、をかしと見え聞こへえるつことも失するやうにおぼゆれ。


また、さは色にいでてはえ言はず、

「あな」


とたかやかにうちいひ、うめきたるも、下行く水の、といとほし。

立蔀(たてじとみ)、透垣(すいがい)などのもとにて、

「雨ふりぬべし」


など聞こえごつも、いとにくし。


いとよき人の御供人などはさもなし。

君達(きんだち)などのほどは、よろし。

それよりくだれる際(きは)は、皆さやうにぞある。

あまたあらむ中にも、心ばへ見てぞ、率(ゐ)てありかまほしき。




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・枕草子 原文全集「懸想人にて来たるは」

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萩谷朴 1977年「新潮日本古典集成 枕草子 上」 新潮社
渡辺実 1991年「新日本古典文学大系 枕草子・方丈記」岩波書店
松尾聰,永井和子 1989年「完訳 日本の古典 枕草子」小学館

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