蜻蛉日記
あくれば五日のあか月に
あくれば五日のあか月に、せうとたる人ほかよりきて、
「いづら、今日の菖蒲(さうぶ)は、などかおそうはつかうまつる。夜しつるこそよけれ」
などいふにおどろきて、菖蒲(さうぶ)ふくなれば、みな人もおきて格子はなちなどすれば、
「しばし格子はなまゐりそ。たゆくかまへてせん。御覧ぜんにもともなりけり」
などいへど、みなおきはてぬれば、事おこなひてふかす。昨日の雲かへす風うちふきたれば、あやめの香、はやうかかへて いとをかし。簀子(すのこ)に助とふたりゐて天下の木草をとりあつめて、
「めづらかなる薬玉(くすだま)せん」
などいひて、そそくりゐたるほどに、このごろはめづらしげなう、ほととぎすのむら鳥くそふくにおりゐたる、などいひののしる声なれど、空をうちかけりてふたこえみこえきこえたるは、身にしみてをかしうおぼえたれば、
「山ほととぎす今日とてや」
などいはぬ人なうぞ、うちあそぶめり。すこし日たけて、頭の君
「手つがひにものしたまはば、もろともに」
とあり。
「さぶらはん」
といひつるを、しきりに
「おそし」
などいひて人くれば、ものしぬ。