平家物語
一行阿闍梨之沙汰
ここに西塔の住侶、戒浄坊阿闍梨祐慶といふ悪僧あり。たけ七尺ばかりありけるが、黒革威の鎧の大荒目にかねまぜたるを、草摺ながに着なして、甲をば脱ぎ、法師原に持たせつつ、白柄の大長刀杖につき、
「あけられ候へ」
とて、大衆の中を押し分け押し分け、先座主のおはしける所へつっと参りたり。大の眼を見いからし、しばしにらまへ奉り、
「その御心でこそ、かかる御目にもあはせ給へ。とうとう召さるべう候ふ」
と申しければ、おそろしきにいそぎのり給ふ。大衆とりえ奉るうれしさに、いやしき法師原にはあらで、やんごとなき修学者どもかきささげ奉り、おめき叫んでのぼりけるに、人はかはれども、祐慶はかはらず、さき輿かいて、長刀の柄も輿のながえもくだけよととるままに、さしもさがしき東坂、平地を行くが如くなり。
つづき