更級日記
梅の立ち枝
継母なりし人は、宮仕へせしがくだりしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うらめしげにて、ほかにわたるとて、五つばかりなる児どもなどして、
「あはれなりつる心のほどなむ、忘れむ世あるまじき」
などいひて、梅の木の、つま近くていと大きなるを、
「これが花の咲かむ折は来むよ」
といひおきてわたりぬるを、心の内に、恋しくあはれなりと思ひつつ、しのびねをのみ泣きて、その年もかへりぬ。いつしか梅咲かなむ、来むとありしを、さやあると、目をかけてまちわたるに、花もみな咲きぬれど、音もせず、思ひわびて、花を折りてやる。
たのめしをなほや待つべき霜がれし 梅をも春は忘れざりけり
といひやりたれば、あはれなることども書きて、
なほたのめ梅の立ち枝はちぎりおかぬ 思ひのほかの人もとふなり