職の御曹司におはします頃、西の廂にて
其の二
さて、雪の山つれなくて年もかへりぬ。一日の日の夜、雪のいとおほく降りたるを、
うれしくもまたふりつみつるかな、と見るに、
「これはあひなし。はじめのきわをおきて、いまのはかきすてよ」
と仰せらる。
局へいととく下るれば、侍(さぶらひ)の長なるもの、柚の葉のごとくなる宿直衣(とのゐぎぬ)の袖の上に、あをき紙の松につけたるをおきて、わななき出でたり。
「それはいづこのぞ」
と問へば、
「斎院より」
といふに、ふとめでたうおぼえて、とりて参りぬ。まだ大殿籠りたれば、まづ御帳にあたりたる御格子を、碁盤などかきよせて、ひとり念じあぐる、いとおもし。片つかたなればきしめくに、おどろかせ給ひて、
「などさはすることぞ」
とのたまはすれば、
「斎院により御文のさぶらふには、いかでかいそぎあげ侍らざらむ」
と申すに、
「げに、いととかりけり」
とて、おきさせ給へり。御文あけさせ給へれば、五寸ばかりなる卯槌(うづち)ふたつを、卯杖(うづえ)のさまに頭などをつつみて、山橘、ひかげ、山すげなどうつくしげにかざりて、御文はなし。ただなるやうあらむやは、とて御覧ずれば、卯杖の頭つつみたるちひさき紙に、
山とよむをのの響きをたづぬれば いはひの杖の音にぞありける
御返し書かせ給ふほどもいとめでたし。斎院には、これよりきこえさせ給ふも、御返も、なほ心ことにかきけがしおほう、御ようゐ見えたり。御使に、しろき織物のひとへ、蘇芳(すわう)なるは梅なめりかし。雪の降りしきたるにかづきて参るもをかしう見ゆ。そのたびの御返しを、しらずなりにしこそくちをしう。
さてその雪の山は、まことの越のにやあらむと見えて、消えげもなし。くろうなりて見るかひなきさまはしたれども、げに勝ちぬる心地して、いかで十五日まちつけさせむと念ずる。されど、
「七日をだにえすぐさじ」
となほいへば、いかでこれ見はてむとみな人思ふほどに、にはかに内裏(うち)へ三日いらせ給ふべし。いみじうくちをし、この山のはてをしらでやみなむこと、まめやかに思ふ。こと人も、
「げにゆかしかりつるものを」
などいふを、御前にも仰せらるるに、おなじくはいひあてて御覧ぜさせばやと思ひつるに、かひなければ、御物の具どもはこび、いみじうさはがしきにあはせて、こもりといふものの、築土(ついじ)のほどに廂(ひさし)さしてゐたるを、縁のもとちかくよびよせて、
「この雪の山、いみじうまもりて、わらはべなどにふみちらさせず、こぼたせで、よくまもりて、十五日までさぶらへ。その日まであらば、めでたき禄給はせむとす。私にもいみじきよろこびいはむとす」
など語らひて、つねに台盤所の人、下衆などにくまるるを、くだ物やなにやと、いとおほくとらせたれば、うち笑みて、
「いとやすきこと。たしかにまもり侍らむ。わらはべぞのぼりさぶらはむ」
といへば、
「それを制して、聞かざらむものをば申せ」
などいひ聞かせて、入らせ給ひぬれば七日までさぶらひて出でぬ。そのほども、これがうしろめたければ、おほやけ人、すまし、長女(おさめ)などして、たへずいましめにやる。七日の節供(せく)のおろしなどをさへやれば、おがみつることなど、わらひあへり。
其の四