平家物語
祇王
入道出であひ対面して、
「けふの見参は、あるまじかりつるを、祇王がなにと思ふやらん、あまりに申しすすむる間、加様(かぞう)に見参しつ。見参するほどにては、いかでか声をも聞かであるべき。今様一つうたへかし」
との給へば、仏御前、
「承りさぶらふ」
とて、今様一つぞうたふたる。
君をはじめて見るをりは 千代も経ぬべし姫小松
おまへの池なる亀岡に 鶴こそむれゐてあそぶめれ
と、おし返しおし返し、三返うたひすましたりければ、見聞(けんもん)の人々、みな耳目をおどろかす。入道もおもしろげに思ひ給ひて、
「わごぜは今様は上手でありけるよ。このぢやうでは、舞もさだめてよかるらむ。一番見ばや。つづみうち召せ」
とて召されけり。うたせて一番舞ふたりけり。
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