平家物語
祇王
仏御前は、すげなふ言はれたてまつって、既に出でんとしけるを、祇王、入道殿に申しけるは、
「あそび者の推参は、常のならひでこそさぶらへ。其の上、年もいまだ幼なふさぶらふなるが、適々思ひ立って参りさぶらふを、すげなふ仰せられて、かへさせ給はん事こそ不便(ふびん)なれ。いかばかりはづかしう、かたはらいたくもさぶらふらむ。わが立てし道なれば、人の上ともおぼえず。たとひ舞をご覧じ歌を聞こし召さずとも、御対面ばかりさぶらふて、かへさせ給ひたらば、ありがたき御情でこそさぶらはんずれ。ただ理(り)をまげて、召しかへして御対面さぶらへ」
と申しければ、入道、
「いでいでわごぜがあまりに言うことなれば、見参してかへさむ」
とて、つかひを立てて召されけり。仏御前は、すげなふ言はれたてまつって、車にのって、既に出でんとしけるが、召されて帰り参りたり。
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