平家物語
祇王
仏御前は、かすみがたよりはじめて、みめかたちうつくしく、声よく節も上手でありければ、なじかは舞も損ずべき。心も及ばず舞ひすましたりければ、入道相国舞にめで給ひて、仏に心を移されけり。仏御前、
「こはさればなに事さぶらふぞや。もとよりわらはは推参のものにて、出されまゐらせさぶらひしを、祇王御前の申状によってこそ、召しかへされてもさぶらふに、かやうに召し置かれなば、祇王御前の思ひ給はん心のうちはづかしうさぶらふ。はやはやいとまをたふで、出させおはしませ」
と申しければ、入道、
「すべてその儀あるまじ。ただし祇王があるを憚(はばか)るか。その儀ならば、祇王をこそ出ださめ」
とぞの給ひける。仏御前、
「それまたいかでか、さる御事さぶらふべき。諸共(もろとも)に召しおかれんだにも、心憂うさぶらふべきに、まして祇王御前を出ださせ給ひて、わらはを一人召し置かれなば、祇王御前の心のうち、はづかしうさぶらふべし。をのづから後迄(のちまで)忘れぬ御事ならば、召されてまたは参るとも、けふは暇をたまはらむ」
とぞ申しける。入道、
「なんでう其の儀あるまじ。祇王とうとう罷(まか)り出でよ」
と、お使ひかさねて三度までこそ立てられけれ。
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