蜻蛉日記
大夫、一日の御かへり、いかでたまはらん。
大夫、
「一日の御かへり、いかでたまはらん。また勘当ありなんを、もてまゐらん」
と言へば、
「なにかは」
とて書く。
「すなはちきこえさすべく思う給へしを、いかなるにかあらん、まうでがたくのみ思ひてはべめるたよりになん。まかでんことはいつとも思う給へわかれねば、きこえさせんかたなく」
などかきて、
「何ごとにかありけん、御はしがきは。いかなることにかありけんと思ふ給へ出でんに、ものしかむべければ、さらに聞こえさせず。あなかしこ」
など書きて出だしたてたれば、例の、ときしもあれ、雨いたくふり神いといたく鳴るを、胸ふたがりてなげく。すこししづまりてくらくなるほどにぞ帰りたる。
「もののいとおそろしかりつる、御陵(みささぎ)のわたり」
などいふにぞ、いとぞいみじき。かへりごとを見れば、
「ひと夜の心ばへよりは、心よわげに見ゆるは、おこなひよわりにけるかと思ふにも、あはれになん」
などぞある。