蜻蛉日記
その日になりて、まだしきに物して
その日になりて、まだしきに物して、舞ひの裝束のことなど、人いとおほくあつまりて、しさわぎ、出だしたてて、また弓のことをねんずるに、かねてよりいふやう、
「後(しりへ)はさしものまけ物ぞ。射手いとあやしうとりたり」
などいふに、舞をかひなくやなしてん、いかならんならんと思ふに、夜にいりぬ。月いとあかければ、格子なども下ろさで、ねんじ思ふほどに、これかれはしり来つつ、まづこのものがたりをす。
「いくつなむいつる」
「敵(かたき)には右近源中将なむある」
「おほなおほな射伏せられぬ」
とて、ささとの心にうれしうかなしきこと、ものに似ず。
「まけ物とさだめし方の、この矢どもにかかりてなん、持(ぢ)になりぬる」
と、また告げおこする人もあり。持になりにければ、まづ陵王舞ひけり。それもおなじほどの童にて、我がをひなり。ならしつるほど、ここにて見、かしこにて見など、かたみにしつ。されば、次に舞ひて、おぼえによりてにや、御衣ぞたまはりたり。内よりは、やがて車の後(しり)に陵王ものせて、まかでられたり。ありつるやうかたり、
「わが面をおこしつること、上達部どものみななきらうたがりつること」
など、かへすがへすもなくなくかたらる。弓の師よびにやる。さてまたここにてなにくれとて物かづくれば、うきみかともおぼえず、うれしきことぞものに似ぬ。その夜も、後(のち)の二三日まで、しりとしりたる人、法師にいたるまで、
「若君の御よろこびきこえに、きこえに」
とおこせいふをきくにも、あやしき までうれし。