白波・黒鳥のもとに
一月二十一日
廿一日、卯の時ばかりに、船出だす。みな人々の船出づ。これを見れば、春の海に秋の木の葉しも散れるやうにぞありける。おぼろげの願によりてにやあらむ、風も吹かず、よき日出で来て漕ぎ行く。
この間に、使はれむとて、付きて来る童(わらは)あり。それが歌ふ船唄、
なほこそ国の方は見やらるれ、わが父母ありとし思へば、かへらや
と歌ふぞあはれなる。
かく歌ふを聞きつつ漕ぎ来るに、黒鳥と言ふ鳥、岩の上にあつまりをり。その岩のもとに、波白く打ち寄す。楫取の言ふやう、
「黒鳥のもとに、白き波を寄す」
とぞ言ふ。この言葉、なにとはなけれども、もの言ふやうにぞ聞こへたる。人の程に合はねば、とがむるなり。
かく言ひつつ行くに、船君なる人、波を見て、
「国より始めて、海賊報いせむ、と言ふなることを思ふ上に、海のまた恐ろしければ、頭もみな白けぬ。七十歳、八十歳は海にあるものなりけり。
わが髪の雪と磯辺の白波と いづれまされり沖つ島守
楫取、言へ」
一月二十二日
廿二日。昨夜の泊より、異泊を追ひて行く。
はるかに山見ゆ。年九つばかりなる男の童、年よりは幼くぞある。この童、船を漕ぐまにまに山も行く、と見ゆるを見て、あやしきこと、歌をぞ詠める。その歌、
漕ぎて行く船にて見ればあしひきの山さへ行くを松は知らずや
とぞ言へる。幼き童の言にては、似つかはし。
今日、海荒げにて、磯に雪降り、波の花咲けり。ある人の詠める、
波とのみ一つに聞けど色見れば雪と花とにまがひけるかな