海賊の恐れ
一月二十三日
二十三日。日照りて曇りぬ。
「このわたり、海賊の恐りあり」
と言へば、神仏を祈る。
一月二十四日
二十四日。昨日の同じ所なり。
一月二十五日
二十五日。楫取らの
「北風悪し」
と言へば、船出ださず。
「海賊追ひ来」
といふこと、絶えず聞こゆ。
一月二十六日
二十六日。まことにやあらむ。
「海賊追ふ」
と言へば、夜中ばかり船を出だして漕ぎ来る途(みち)に、手向けする所あり。楫取して幣(ぬさ)奉らするに、幣の東へ散れば、楫取の申して奉ることは、
「この幣の散る方に、御船すみやかに漕がしめ給へ」
と申して奉る。これを聞きて、ある女の童の詠める、
わたつみの道触(ちふ)りの神に手向する 幣の追風止まず吹かなむ
とぞ詠める。
この間に、風のよければ、楫取いたく誇りて、船に帆上げなど喜ぶ。その音を聞きて、童も嫗も、いつしかと思ほへばにやあらん、いたく喜ぶ。この中に、淡路の専女(たうめ)といふ人の詠める歌、
追風の吹きぬる時は行く船も 帆手打ちてこそ嬉しかりけれ
とぞ。天気のことにつけつつ祈る。
一月二十七日
廿七日、風吹き波荒ければ、船出ださず。
これかれ、かしこく嘆く。男たちの心なぐさめに、漢詩に、
「日を望めば都遠し」
などいふなること様を聞きて、ある女の詠める歌、
日をだにも天雲近く見るものを 都へと思ふ未知のはるけさ
また、ある人のよめる、
吹く風の絶へぬかぎりしたち来れば 波路はいとどはるけかりけり
日一日風やまず。爪弾きして寝ぬ。
一月二十八日
廿八日。夜もすがら、雨やまず。今朝も。
一月二十九日
廿九日。船出だして行く。うらうらと照りて、漕ぎ行く。爪のいと長くなりにたるを見て、日を数ふれば、今日は子の日なりければ、切らず。
正月なれば、京の子の日のこと言ひいでて、
「小松もがな」
と言へど、海中なれば、かたしかし。ある女の書きていだせる歌、
おぼつかな今日は子の日か海人(あま)ならば 海松をだにひかましものを
とぞい言へる。海にて子の日の歌にては、いかがあらむ。また、ある人の詠める歌、
今日なれど若菜も摘まず春日野のわが漕ぎわたる浦になければ
かく言ひつつ漕ぎ行く。おもしろきところに船をよせて、
「ここや何処」
と問ひければ、
「土佐の泊り」
と言ひけり。昔、土佐といひける所に住みける女、この船にまじれりけり。そが言ひけらく、
「昔、しばしありし所のなくひにぞあなる。あはれ」
と言ひて、詠める歌。
年ごろを住みし所の名にしおへば 来よる波をもあはれとぞ見る
とぞ言へる。