男は、女親なくなりて
男は、女親(めおや)なくなりて、男親(をおや)の一人ある。いみじう思へど、心わづらはしき北の方出できてのちは、内にもいれたてず、装束などは乳母(めのと)、また故上の御人どもなどしてせさせす。
西東(にしひんがし)の対のほどに、まらうとゐなどをかし。屏風、障子の絵も見どころありて住まひたり。殿上のまじらひのほど、くちをしからず人々も思ひ、上も御気色よくて、つねに召して御遊びなどのかたきにおぼしめしたるに、なほつねにものなげかしく、世の中心にあはぬ心地して、すきずきしき心ぞ、かたはなるまであべき。
上達部(かんだちめ)の、またなきさまにてもかしづかれたる妹、一人あるばかりにぞ、思ふことうち語らひ、なぐさめ所なりける。