大納言殿まゐり給ひて
大納言殿まゐり給ひて、ふみのことなど奏し給ふに、例の、夜いたくふけぬれば、御前なる人々、一人二人づつうせて、御屏風、みき丁のうしろなどにみなかくれふしぬれば、ただ一人、ねぶたきを念じてさぶらふに、
「丑四つ」
と奏すなり。
「明け侍りぬなり」
とひとりごつを、大納言殿、
「いまさらに、なおほとのごもりおはしましそ」
とて、ぬべきものとも思いたらぬを、うたてなにしにさ申しつらむ、と思へど、また人のあらばこそはまぎれも臥さめ。
上の御前の、柱によりかからせ給ひて、すこしねぶらせ給ふを、
「かれ見たてまつらせ給へ。いまは明けぬるに、かう大殿籠るべきかは」
と申させ給へば、
「げに」
など宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給ふも、しらせ給はぬほどに、長女が童の、庭鳥(にはとり)をとらへ持てきて、
「あしたに里へ持ていかむ」
といひて、隠しおきたりける、いかがしけむ、犬みつけて追ひければ、廊の間木に逃げいりて、おそろしう鳴きののしるに、みな人おきなどしぬなり。上もうちおどろかせ給ひて、
「いかでありつる鶏ぞ」
などたづねさせ給ふに、大納言殿の、
「声、明王の眠りをおどろかす」
といふことを、たかううち出だし給へる、めでたうをかしきに、ただ人のねぶたかりつる目もいとおほきになりぬ。
「いみじきをりのことかな」
と、上も宮も興ぜさせ給ふ。なほかかることこそめでたけれ。