平家物語
西光被斬
さるほどに山門の大衆先座主を取りとどむるよし、法皇聞こし召して、いとど安からず思し召されける。西光法師申しけるは、
「山門の大衆、みだりがはしき訴へ仕る事、今にはじめずと申しながら、今度は以ての外に覚え候へ。これ程の狼藉いまだ承り候はず。よくよく御いましめ候へ」
とぞ申しける。身のただいま滅びんずるをもかへりみず、山王大師の神慮にもはばからず、かやうに申して神禁を悩まし奉る。讒臣は国を乱ると言へり。まことなるかな、叢蘭茂からんとすれども、秋風これを破り、王者明らかならんとすれば、讒臣これを暗うすとも、かやうの事をや申すべき。このこと、新大納言成親卿以下、近習の人々に仰せあはせられて、山攻めらるべしと聞えしかば、山門の大衆
「さのみ王地にはらまれて、詔命をそむくべきにあらず」
とて、内々院宣に随ひ奉る衆徒もありなど聞えしかば、前座主明雲大僧正は、妙光坊におはしけるが、大衆二心ありと聞いて、
「つゐにいかなる目にかあはむずらん」
と心ぼそげにぞ宣ひける。されども流罪の沙汰はなかりけり。
つづき