風は
風は嵐。三月ばかりの夕暮れに、ゆるく吹きたる雨風。
八九月ばかりに
八九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨のあし、横さまにさわがしう吹きたるに、夏とほしたる綿衣のかかりたるを、生絹の単衣かさねて着たるも、いとをかし。この生絹だにいと所せく、あつかはしく、とり捨てまほしかりしに、いつのほどにかくなりぬるにか、と思ふもをかし。暁に格子、妻戸をおしあけたれば、嵐の、さと顔にしみたるこそ、いみじくをかしけれ。
九月つごもり
九月つごもり、十月のころ、空うちくもりて、風のいとさわがしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。桜の葉、椋(むく)の葉こそ、いととくは落つれ。十月ばかりに、木立おほかる所の庭は、いとめでたし。
野分のまたの日こそ
野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。
立蔀(たてじとみ)・透垣(すいがい)などの乱れたるに、前栽(せんざい)どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩、女郎花(おみなえし)などの上によころばひふせる、いと思はずなり。格子の壷などに、木の葉を、ことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。
いと濃き衣のうはぐもりたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿きて、まことしう清げなる人の、夜は風のさはぎに寝られざりければ、久しう寝おきたるままに、母屋(もや)より少しゐざりいでたる、髪は風に吹きまよはされて、少しうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。
ものあはれなるけしきに見いだして、
「むべ山風を」
などいひたるも、心あらむとみゆるに、十七八ばかりやあらむ、ちひさうはあらねど、わざと大人とはみえぬが、生絹の単のいみじうほころび絶え、花もかへりぬれなどしたる、薄色の宿直物をきて、髪いろに、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて、丈ばかりなりければ、衣の裾にかくれて、袴のそばそばより見ゆるに、わらはべ、若き人々の、根ごめに吹きおられたる、ここかしこに取りあつめ、おこしたてなどするを、うらやましげにをしはりて、簾に添ひたるうしろでも、をかし。