暁にかへらむ人
暁にかへらむ人は、装束なといみじううるはしう、鳥帽子(えぼし)の緒、元結かためずもありなむとおぼゆれ。
いみじくしどけなく、かたくなしく、直衣(なをし)、狩衣(かりぎぬ)などゆがめたりとも、誰か見しりて笑ひそしりもせむ。
人はなほ、暁のありさまこそ、をかしうもあるべけれ。
わりなくしぶしぶに起きがたげなるを、強ゐてそそのかし、
「明け過ぎむ。あな見ぐるし」
などいはれてうち嘆くけしきも、げにあかず物憂くもあらむかしと見ゆ。
指貫なども、ゐながら着もやらず、まづさし寄りて、夜いひつることのなごり、女の耳にいひ入れて、なにわざすともなきやうなれど、帯など結ふやうなり。
格子押し上げ、妻戸ある所は、やがてもろともに率ていきて、昼のほどのおぼつかなからむことなども、いひ出でにすべり出でなむは、見おくられて、名残もをかしかりなむ。
思ひ出所ありて、いときはやかに起きて、ひろめきたちて、指貫のこしこそこそとひき結ひなをし、うえの衣も、狩衣も、袖かいまくりて、よろづさし入れ、帯いとしたたかに結ひはてて、つい居て、鳥帽子の緒、きと強げに結ひいれて、かいすふる音して、扇、畳紙(たとうがみ)など、よべ枕上におきしかど、おのづからひかれ散りにけるを求むるに、暗ければ、いかでかは見えむ、いづらいづらと叩きわたし、見いでて、扇ふたふたとつかひ、懐紙さし入れて、
「まかりなむ」
とばかりこそいふらめ。