今朝はさしも見えざりつる空の
今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るに、いと心ぼそく見いだすほどもなく白うつもりて、なほいみじう降るに、随身めきてほそやかなる男の、かささして、そばのかたなる塀の戸より入りて、文をさし入れたるこそをかしけれ。いと白き陸奥紙(みちのくにがみ)、白き色紙の結びたる、上に引きわたしける墨のふと氷りにければ、末薄(すゑうす)になりたるを、あけたれば、いとほそく巻きて結びたる、巻目はこまごまとくぼみたるに、墨のいと黒う、薄く、くだりせばに、裏表かきみだりたるを、うちかへしひさしう見るこそ、何事なからむと、よそに見やりたるもをかしけれ。まいて、うちほほゑむ所はいとゆかしけれど、とをうゐたるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりと、おぼゆるかし。
額髪ながやかに、面(おも)やうよき人の、暗きほどに文をえて、火ともすほども心もとなきにや、火桶の火をはさみあげて、たどたどしげに見ゐたるこそ、をかしけれ。